今週買った映画パンフレット#04
2月よりふた月の休館に入る新文芸坐さんで、去年見逃した『ジャリカットゥ 牛の怒り』と『MONOS 猿と呼ばれし者たち』を鑑賞。パンフレットも販売してくれるのはうれしいところ。インドとコロンビア、なじみのない国から生まれた物語の背景がよく分かる深い、読ませるパンフレットでした。
パンフレットの紹介は鑑賞順(未見は最後に紹介)。
シチリアを征服したクマ王国の物語
武蔵野館ほかで上映中(2022/01/24現在)
正方形(21cm×21cm)/カラー/32頁
発行:有限会社ミラクルヴォイス
編集:ミラクルヴォイス
宣伝デザイン:thumb M
定価:1,200円(税込)※ポストカード付特別版。通常版は内容同じ800円。
- 見開きごとに色が違うカラフルで絵本のようなつくり。
- PRODUCTION NOTEは実質監督インタビュー。制作背景、脚本の苦労、監督の好きな作品(『アマルコルド』etc.)を知ると映画の場面にその影響が垣間見える…気がする。
- コラムは3本。①土居伸彰さん(ニューディアー代表、新千歳空港国際アニメーション映画祭アーティスティック・ディレクター)“ヨーロッパの”アニメーションの特徴からみる本作②金森香さん(プロデューサー)クマと人間の共生の物語から現代の多様性を考える③小柳帝さん(ライター、編集者)原作から紐解く本作。
- 吹替版キャスト(柄本佑さん、伊藤沙莉さん、リリー・フランキーさん他)紹介、柄本さん伊藤さん対談。リリー・フランキーさんインタビュー。
グレート・インディアン・キッチン
新宿ピカデリー他で上映中(2022/01/24現在)
B5/縦/カラー/24頁
発行:SPACEBOX、フルモテルモ
制作:フルモテルモ
デザイン:中野香
定価:800円(税込)
- 男性監督がみずからの体験に基づいて脚本を書き、撮り上げた。宗教的タブーにも踏み込んだために上映で困難を極めた作品がいかに支持を得て世界に広がっていったか、物議をかもした「シャバリマラ寺院問題」とは何かなど制作の背景を丁寧に説明したプロダクションノートが既に映画並みにドラマチック。
- コラムは2本。①古賀万由里さん(文化人類学者)南インドの文化や儀礼に知見。清潔と不潔が紙一重で存在するインドの文化について。②安宅直子さん(南インド映画研究者)インドの地域別映画の特徴に照らし、マラヤーラム語映画について。
- トリビアは必見。劇中の日常生活の所作がもつ意味を徹底解説。
- 劇中に出てくる数々の料理の紹介(ケーララ州出身のDJでタレント、サニー・フランシスさん監修)
- ネタバレはないので鑑賞前に読むのをおすすめします。
MONOS 猿と呼ばれし者
A5/横/カラー/20頁
編集・発行:ザジフィルムズ
デザイン:秋山京子
定価:800円(税込)
- 読み物としてレビュー1本、芝山幹郎さん(映画評論家)、エッセイ1本、星野智幸さん(作家)。
- アレハンドロ・ランデス監督ロングインタビュー。キャラクター造形、物語の背景にあるコロンビアの社会情勢、『フィッツカラルド』や『脱出』を思わせるジャングルでの撮影について。
- コラム1本、田村剛さん(朝日新聞・元中南米特派員)みずから撮影した写真を交えて、コロンビアの内戦について詳述。
- こちらも基本ネタバレなしなので、鑑賞前に読むのをおすすめします。
ジャリカットゥ 牛の怒り
B5/縦/カラー/24頁
発行:ダゲレオ出版
編集:イメージフォーラム
デザイン:成瀬慧
定価:700円(税込)
- 映画の舞台ケーララ州について。ジャリカットゥ、牛追い競技をめぐる社会情勢。
- リジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ監督インタビュー。映画で監督が表現するものの意味、アニマトロニクスについて。
- こちらも鑑賞前に読むのをおすすめします。
THUNDERBIRDS 55
各種シネコンで上映、各種配信サイトで配信中(2022/01/24現在)
A4/縦/カラー/32頁
編集・発行:松竹株式会社事業推進部
編集:渡辺洋三[ロンデマンド]
デザイン:伊藤正浩
印刷:日商印刷株式会社
定価:1,800円(税込)
- 前半が今回の作品について。3話からなるストーリー紹介、構成を手がけた樋口真嗣さんインタビュー、スティーブン・ラリビエー監督インタビューを交え、現代によみがえった意義を解説。
- 後半は「クラシック版『サンダーバード』の世界」。誕生秘話から、影響を与えた映画、音楽、日本の玩具について。地図で見る「国際救助隊出動記録」、“スーパーマリオネーション”と呼ばれる人形を使った撮影について。「サンダーバード55の謎」は作品を知らない人でも本作が楽しめる豆知識集になっており、鑑賞前に読んでおくと作品の理解が深まるでしょう。
通販でも入手可能。
今週買った映画パンフレット#03
■ジョン・カーペンターレトロスペクティヴ2022
武蔵野館、ヒューマントラスト有楽町ほかで上映中(1/7から3週間限定)
VHSビデオケース型
発行:有限会社ロングライド
デザイン:大島依堤亜
印刷所:株式会社北斗社
定価:1,300円(税込)
- 場面カラー写真カード16枚+蛇腹冊子モノクロ10頁。中にビデオテープ風のスペーサー。
- コラム2本①黒沢清監督②テラシマユウカさん(GO TO THE BEDS)。トリビアとしてジョン・カーペンター作品が与えた影響を鷲巣義明さん。
- 漫画家の奥浩哉さんインタビュー(聞き手は山崎圭司さん)は、クリエイターからみたジョン・カーペンターの魅力について。
★「BUY」とロゴの入ったふたを開けてみれば「CONSUME」があらわれる!箱の擦れ演出、ビデオテープのラベルも楽しく、ギミックいっぱい。1月初旬にして2022年ベストワン候補が出てしまった!
★追記 もうひとつ隠しメッセージがありました!大島さんがご指摘くださって発見。ドラクエの宝箱のように開けられそうなところは開けてみる、が鉄則ですね。
■アイム・ユア・マン 1/14公開
新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマほかで上映中(2022/01/16現在)
A5変形/縦/カラー/24頁
発行:松竹株式会社事業推進部
デザイン:大寿美デザイン
印刷所:株式会社久栄社
定価:880円(税込)
- コラム4本①渥美志保さん(韓国カルチャーに詳しいライター。劇中でダン・スティーヴンス演じるアンドロイドが韓国語をしゃべる場面がある)②山崎まどかさん③堺三保さん④石黒浩さん(人間類似型ロボット研究の第一人者)。
- マリア・シュラーダー監督インタビュー。
■ハウス・オブ・グッチ 1/14公開
各シネコンほかで上映中(2022/01/16現在)
B5変形(正方形)/縦/カラー/28頁
発行:東宝株式会社事業推進部
編集:株式会社東宝ステラ
デザイン:石川瑛美(ヘルベチカ)
印刷所:成旺印刷株式会社
定価:880円(税込)
- 濃い赤茶のマホガニー調の表紙に白く浮かぶタイトルはエンボス加工。中身はグッチのシェリーラインを思わせる赤と緑でまとめたスタイリッシュなデザインで、1枚だけモノクロ使いの写真が印象的。
- コラム2本①斉藤博昭さん(リドリー・スコットと実話映画)②猿渡由紀さん(アメリカ人が描くイタリア悲劇)。
- プレスカンファレンス採録(主要キャストそろい踏み)。
- リドリー・スコット監督インタビュー。
★重厚なキャストの圧を「これでもかっ!」とちりばめ、めくるたび華やかさが増すゴージャスなつくり。
■クライ・マッチョ 1/14公開
各シネコンほかで上映中(2017/01/16現在)
A4/横/カラー/40頁
発行:松竹株式会社事業推進部
編集:宮部さくや(松竹)
デザイン:飛田健吾(INFINITY I GRAPHICS)
印刷所:日商株式会社
定価:880円(税込)
- 冒頭にイーストウッドのインタビュー。
- レビュー3本①川本三郎さん②石川直樹さん(写真家、メキシコの風景に照らしてみる本作)③町山智浩さん。
- プロダクションノートが詳細でトリビア的内容(ロケーション、衣装やセットへのこだわりなど)も網羅。
- 「CLINT EASTWOOD AS A FILMMAKER」は「西部劇(吉田広明さん)」「家族・師弟(松崎健夫さん)」「旅(鬼塚大輔さん)」「ヒーロー(中条省平さん)」の4ジャンルに監督50年40作品を分類。
■エル・プラネタ 1/14公開
渋谷ホワイトシネクイント、シネマカリテほかで上映中(2022/01/16現在)
A5/縦/モノクロ/36頁
発行:株式会社シンカ
デザイン:成田祐人(SYNCA design)
イラスト:世紀末/WALNUT
定価:900円(税込)
- 冒頭にアマリア・ウルマン監督インタビュー。
- キャストが「ハッシュタグ」で紹介されているのがユニーク。
- コラム5本①荒谷翔大さん(yonawoボーカル)②絶対に終電を逃さない女さん③林央子さん④山崎まどかさん⑤森直人さん。
★コミカルな親子のやりとりの裏にあるスペインの歴史や経済事情などが5人それぞれの観点から紐解かれる。A5でコンパクトながら作品への理解が深まる読ませるパンフレット。
★映画パンフは宇宙だ!でコラボ企画を実施しました!Instagram企画+モリモリαをタブロイド風にデザインした1枚紙を「渋谷ホワイトシネクイント」さんでパンフレットをご購入の方にお付けしております。
明日公開🎫 映画 #エルプラネタ
— 映画パンフは宇宙だ!(PATU) (@pamphlet_uchuda) 2022年1月13日
×
映画パンフは宇宙だ!コラボ企画
___________
公式パンフレットのB面として【オリジナルタブロイド】を制作させていただきました📰
渋谷ホワイトシネクイント様にてパンフご購入の方へ、先着でお渡し✨数量限定ですので、是非お早めにお求め下さい! pic.twitter.com/pXEfhU7hYM
今週買った映画パンフレット#02
今週は2作品3冊…はちょっと寂しいので、「Pamphlet of the Day(パンフレット・オブ・ザ・デイ)」として1/8に生まれ1/10に逝去したデヴィッド・ボウイ出演で2016年にリバイバル上映された作品の新旧パンフレットを紹介しました。
■レイジング・ファイア 12/24公開
TOHOシネマズほかで上映中(2022/01/09現在)
ドニー・イェン、ニコラス・ツェーのダブル主演作(共演は15年ぶり)
監督・製作は20年8月に58歳で急逝したベニー・チャン(遺作)
A4/縦/カラー/28頁
発行:東宝
デザイン:岡野登
印刷所:成旺印刷
定価:880円(税込)
- コラム2本①くれい響さん②谷垣健治さん。カンフー映画からポリスアクションへの進化する中で何が描かれてきたか。また、香港アクション、とりわけドニー・イェンアクションの醍醐味。
- レビュー2本①尾崎一男さん②浦川留さん。ドニー・イェンを中心に、他キャストの魅力も掘り下げる内容。
■スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム 1/7公開
各シネコンほかで上映中(2022/01/09現在)
通常版:A4/縦/カラー/60頁
発行:東宝
デザイン:平塚寿江(東宝ステラ)
印刷所:成旺印刷
定価:880円(税込)
- コミックのコマ割り風にストーリー、キャラクターを紹介
- キャストインタビュー(トムホもネタバレなし)
- コラム①杉山すぴ豊(アメキャラ系ライター)ネタバレありの表記(他記事は鑑賞前に読んでも大丈夫…ですが気になる方は鑑賞後にゆっくりどうぞ!)
- 中盤は紙質が変わる(古紙再生100%的、ザラザラな表面のラフな印刷風)
- スタッフインタビューが手厚い!①ジョン・ワッツ監督
<ここがすごいぞ、ジョン・ワッツ>2014年に短編ホラー映画『クラウン』製作。クレジットに「イーライ・ロス製作総指揮」と勝手に入れてYouTubeで公開。イーライ・ロスの目にとまり、この作品を長編にして商業デビューを果たす(現在U-NEXT他で配信中)。その後、ケヴィン・ベーコン主演『コップ・カー』(hulu、アマプラ有料他で配信中)を撮り、トムホ主演のスパイダーマン三部作へ。
②製作ケヴィン・ファイギ ③製作総指揮レイチェル・オコナー
<製作と製作総指揮の違い>製作は、映画を作るために監督、脚本などスタッフやキャストといった「人」や「金」を集める仕事をする人。製作総指揮は、文字どおり映画製作を全面的に指揮している場合もあれば、若い、あるいはキャリアの浅い監督の「後見人」として映画を盛り立て、現場には一切口出ししない場合もある。
④脚本クリス・マッケナ/エリック・ソマーズ:スパイダーマンらしさやキャラクターの成長について ⑤プロダクション・デザイナーダレン・ギルフォード:部屋や内装、家具のこだわりについて(鑑賞前に読むとこだわりが分かって面白い) ⑥小道具ラッセル・ボビット ⑦衣装デザイナーサーニャ・ヘイズ
特別版:仕様と内容は同じ/カバー付(カバーの裏ポスター)、めくった表紙が意匠性の高いデザイン、シールとミニポスター風の扉絵
定価:1,100円(税込)
※個人的にはカバー、表紙が素敵なので特別版をお薦めします
■地球に落ちてきた男
1977年版 A4/縦/カラーとモノクロ/16頁
発行:東宝
定価:250円
- 簡単なストーリー、監督紹介
- 解説がプロダクションノートやトリビア的内容を含む
2016年版 B5/縦左開き/カラー/32頁
発行:boid
デザイン:千原航
印刷:株式会社ケーコム
定価:800円(税込)
週刊ALL REVIEWS Vol.133で紹介した本(既読)『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
物事を続けられない性分の私が、昨年一年間かろうじて続けられたほぼ唯一のこと。ALL REVIEWS友の会で発行しているメルマガの巻頭言を書くお当番。物静かで包容力があり、押しの力加減が絶妙な編集長hiroさんのおかげで、どうにかこうにか当番を欠かさずにやりおおせた。今年もお世話になります!
このメルマガ、ALL REVIEWSという書評紹介サイトに掲載された新着書評を1週間分まとめて届ける週刊発行のもの。現在は5人の担当者が週替わりでメルマガ冒頭の巻頭言を執筆、一冊を取り上げて短く紹介している。既読のものもあれば、書評を読んで手にしてみようという未読本まで、5人それぞれ興味の方向が良い具合にばらけており、取り上げられる本もさまざま。私も一読者として楽しんでいる。
ALL REVIEWS友の会に加入するまで書評を意識して読むことはなかったが、あらためて読んでみると書き手である書評家の手腕に感服させられる。ど真ん中のターゲットを絡め取る惹句、マージナルな読者候補生を惹きつける撒き餌。もちろんネタばれをすることはない。書評を読むだけでもかなりの満足感がある。今年は読書習慣を身につけたい!と思う方へ。とりあえず書評を読むところから始めませんか?
メルマガの登録はこちらから。毎週火曜の夜に発行です。
昨年の最後のお当番は年内最後の発行分でした。サイトに書評があるもの、が原則だけれども、どうしても紹介したく、イレギュラーに書評のない本を取り上げた。
今年の本は今年のうちに、積ん読を解消するたった一つの簡単なやり方。
** 週刊ALL REVIEWS Vol.133 (2021/12/20から2021/12/26)
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仕事納めを迎え、「さて」と腰を落ち着けてさまざまな「今年のベスト一〇」に思いを巡らせる人もいるかもしれない、そんな二十八日。週に一度、一週間分の新着書評をまとめてお届けするALL REVIEWSメルマガも、本日が二〇二一年最後の号。この巻頭言では本来、前週の新着分から一冊選んで紹介するのがならわしだが、年末のどさくさに紛れてルールを逸脱してみることにする。今年読んだ本のなかでマイベスト一〇冊を挙げるなら上位に入ること間違いない一冊。角川書店から今年八月に初邦訳出版された『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(トーマス・サヴェージ著/波多野理彩子訳)だ。
allreviews.us18.list-manage.com
著者のトーマス・サヴェージは、自身が幼い頃に過ごした牧場での経験や当時のアメリカ西部の生活文化を取り入れたウエスタン小説の書き手としてよく知られる作家である。本作もその系譜に位置づけられる作品で、一九二〇年代のモンタナ州に暮らす兄弟を中心に「男として生きること」への葛藤がスリリングな調子で物語られる。登場するアルコール依存症に陥るローズや、愚直で温厚な牧場主の片割れジョージ、ジョージの兄で家父長的にふるまうもう一人の牧場主フィルは、それぞれ自身の家族を幾ばくかモデルにして創られたと聞くと、フィクションとはいえ、当時のアメリカ西部が透けてみえてくるようだ。
実は本作、『ピアノ・レッスン』でカンヌ・パルムドール及び米国アカデミー賞の数部門を受賞したジェーン・カンピオンによって映画化されている。
主役の「泥と汗にまみれた教養ある野蛮人」フィルを演じるのは、英国の名優ベネディクト・カンバーバッチだ。今もまだ劇場公開されているが、Netflixで配信もされている。個人的な心情としては映画館を薦めたいところ、暮れも押し詰まったこの時期、家ごもりのお供として不足はない。まずは女性監督が描く西部劇というだけでも十分に関心をそそられるが、力を行使し犠牲をいとわない開拓精神の夢とロマンの痕跡を抱えた時代のアメリカを、植民地主義に苦しめられ開拓される側であった過去をもつニュージーランド生まれのカンピオンが手がけたとみればますます興味深くはないだろうか。
昨今、「有害な男らしさ(Toxic Masculinity)」という言葉をよく目に、耳にする。言葉自体は八〇年代に端を発しているが、一般の人々の口にのぼるようになったのはここ数年、MeToo運動をきっかけにフェミニズム思想に関心が高まるのと時を同じくしているのではないかと思う。「有害な男らしさ」とは、「男はこうあるべき」という規範から外れる者を貶め、女性を蔑視し、性暴力を招く危険性をはらんだ一種の文化基準である。近頃はこの「有害な男らしさ」に苦しめられているのはなにも女性ばかりではなく、男性もその概念が構築する社会の犠牲者として認識されている。従来ならば「男らしくなく恥ずべき」と蔑視されてきた人前で泣く、つらさや苦しさを訴えるといった行為は、個人の心の健康を保ち、ひいては社会の健全化につながるとしてむしろ推奨され始めている。つい先ごろ日本のある男性アイドルのオーディション番組で、カメラの前でも堂々と、合格してうれし泣き、落ちて悔し泣きする十代の子たちの姿をみて、なにものにも縛られない自由な心の動きにすがすがしさを覚えたことを思い出した。
タイトルの「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は旧約聖書「詩篇」二二篇二〇節からとられている。「わたしの魂をつるぎから、わたしのいのちを犬の力(the power of the dog)から助け出してください」、十字架にかけられて苦しむイエスが神に投げかけた嘆きである。ここでいう「犬」とはイエスの処刑を決断したピラトだと考えられている。フィルも泣くことができたなら、フィルに取り憑きフィルを抑えていた「犬の力」から逃れ、周囲の人たちと違った関係を築けただろうか。小説と映画を合わせてみると一層、フィルの抱えていた暗部がいつまでも胸のうちにこだましてやまない余韻を残す。映画は音楽も素晴らしい。長いようであっという間に終わってしまう正月休みだが、もし一日猶予があるのなら、読んで観る、あるいは観て読む、物語の世界にどっぷり浸かってみるのはどうだろう?(朋)
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この『パワー・オブ・ザ・ドッグ』と引き合いにされる映画がある。カウボーイのもつマッチョなイメージに自分らしさを抑圧されて苦しみ、同性愛者であることを隠して生きるしかなかった二人の男の生涯を描いた映画『ブロークバック・マウンテン』だ。こちらの作品に出てくる二人は周囲の無言の圧、実力を伴った強制に「苦しめられている」と実感している。そこから抜け出そうとあがくが、社会はそれを許さず、結局は期待される生き方しか選べずに苦悩する。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の主人公フィルの内面はそこまで直接的に描かれていない。行動の端々から読み解くしかないのだが、私は「自分らしく生きることができていない現状を認められない」呪縛を感じた。これも「有害な男らしさ」がもたらす毒なのだと思う。
すっかり定着した感のある「有害な男らしさ」という言葉。昨年は女性の側から語られることが多かった。男性側からの声がさらに聞かれるようになれば、共通敵に立ち向かう同志として社会を変えていけるのではないかと思っている。
今週買った映画パンフレット#01
「映画パンフは宇宙だ!」で年末に募った「今年のベスト映画パンフレット」。
メンバーはもちろんのこと、団体外に向けても広くTwitter等で募集している恒例のアンケートだ。今年も10冊、すらすらと書き進めていったはいいものの、終わりのほうの1項目「今年購入したパンフは何冊?」に至って「ウッ…」と詰まってしまった。
元来、整理整頓が苦手なうえに、ナマケモノのズボラゆえ記録もつけておらず。あちこちに散らばったパンフレットを一堂に集めるまでにえらく難儀した。探せた範囲で93冊。この暮れの大探索に懲りて、今年は何が何でも記録はつけるぞ!と決意を新たに、強制装置としてTwitterのスペース機能を使ってみることにする。
毎週日曜日の22時から30分程度、その週に買った映画パンフレットを紹介し、ブログに綴っていくつもり。自分の性格からして、大々的に宣言しておけば途中でやめるにやめられないだろう、という読みと魂胆です。
売り切れを心配して公開初日にパンフレットだけ先に買いに行き鑑賞は追って、というパターンはメンバーあるあるだが、昨年はとうとう鑑賞のチャンスをのがしてしまった作品もあった。今年はパンフ買った作品は全て観ることを誓います。
今週は4作品5冊を紹介。全て2021年劇場公開作品です。
■GUNDA 12/10公開
シネマカリテ、ヒューマントラスト渋谷ほかで上映中(2022/01/03現在)
B5/横/モノクロ/20頁
発行:ビターズ・エンド
デザイン:山田裕紀子
印刷所:三永印刷
定価:650円(税込)
- 冒頭見開きに国外の著名人・メディアの短評、後ろの見開きに国内著名人の短評
- コラムは2本。森直人さんと家畜写真家の瀧見明花里さん(ニュージーランドでファームステイ中に仔牛の安楽死に立ち会い、命をいただくということの意味を実感。監督が作品に込めた想いとのシンクロを感じる内容)
- ヴィクトル・コサコフスキー監督インタビュー ホアキン・フェニックスがプロデューサーになった経緯も。
- スタッフプロフィールでホアキンに加え、制作会社も詳しく紹介。
■BELUSHI 12/17公開
シネマカリテ、ヒューマントラスト有楽町ほかで上映中(2022/01/03現在)
B5/縦/カラー/16頁
発行:アンプラグド
デザイン:塚本陽(ツカモトキヨシ)
定価:600円(税込)
- プライベート写真も多数
- 劇中で使われているアニメーションをイラストとして使用。blurのデーモン・アルバーン率いるゴリラズのミュージックビデオなどで知られるイラストレーターのロバート・バレーが手掛けているもの。パンフ全体の色合いもあわせて統一。
- ベルーシのプロフィールページが充実、フィルモグラフィーも完備。
- チェビー・チェイス、ダン・エイクロイド、ビル・マーレイ、キャリー・フィッシャーなど一緒に仕事をした人たちを紹介――どんな時代に生きたのか。
- コラムは2本。長谷川町蔵さんはSNLを中心に。松永良平さんはエンドロールで最初に流れる曲について(The 2,000 Pound Bee (Part 2))。
■世界で一番美しい少年 12/17公開
ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマカリテ、シネスイッチ銀座ほかで上映中(2022/01/03現在)
A5/縦/カラー/36頁
発行:松竹
デザイン:山田裕紀子
印刷所:成旺印刷
定価:900円(税込)
- 冒頭見開きで監督による製作の意図、おわりにプロデューサーによる製作の意図。興味本位ではなく、対象化が個人に与える影響をとらえようとする姿勢がみえてくる。
- コラムは4本。立田敦子さん、大森さわこさん、石田美紀(イシダミノリ)さんは日本の漫画へ与えた影響を交えつつ、芝山幹郎さん。
- クリスティーナ・リンドストロム、クリスティアン・ペトリ両監督に加え、ビョルン・アンドレセン本人へもインタビュー。彼個人のヒストリーをみせる年表と短いフィルモグラフィは波瀾万丈の人生を物語るようでもある。
■マトリックスレザレクションズ 12/17公開
各シネコンほかで上映中(2022/01/03現在)
通常版:A4/縦/カラー/36頁
発行:松竹
デザイン:志氣慶二郎(SlowStarter)垣花誠(kakihanamakoto.com)
刷所:成旺印刷
定価:880円(税込)
- 志氣慶二郎さんと垣花誠さんは『LOOPER/ルーパー』(2012)、『ブレードランナー 2049』(2017)、『TENET』(2020)でもタッグ。
- 「考察」の青、「真実」の赤に分かれる構成。「青」はコラム中心。前田真宏監督、巽孝之さん(慶應大教授、SF評論家)、大口孝之さん(VFX、CG、3D映画、特殊形態スクリーン、アートアニメーション、展示映像などを専門とする映像ジャーナリスト)、大森さわこさん、よしひろまさみちさん。「赤」はラナ・ウォシャウスキー監督、キャストインタビュー中心。三部作で完結としていた監督はなぜ本作を作ったのかを紐解くプロダクションノートなど、丁寧に作り込まれている。
特別版:A4/縦/カラー/56頁
発行:松竹
デザイン:垣花誠(kakihanamakoto.com)志氣慶二郎(SlowStarter)
印刷:成旺印刷
定価:1,800円(税込)
- メタリックグリーンの装幀が格好良い。
- 稲垣貴俊さん(ライター)がコラム、インタビューほか八面六臂の活躍。
- 劇中に飛びかうサイバー用語解説。
- 押井守監督が語るマトリックス。
- 三部作振り返り(蛍光グリーンのページが美しい)。
- アニマトリックス全話紹介(前田監督インタビュー)。
- 解説コラムは6本(巽孝之さん、大口孝之さん、ギンティ小林さん[香港映画、ユエン・ウーピンと絡めて]、大森さわこさん、森直人さん、よしひろまさみちさん)。
週刊ALL REVIEWS Vol.103で紹介した本(既読)『ミルクマン』
先日、発行100号を迎えたALL REVIEWS友の会メルマガ。鹿島茂先生からお祝いのコメントも頂戴した(この号だけは特別にウェブサイトで読める)。
allreviews.jp巻頭言担当者へのインタビュー企画も進んでいる(第1回は編集長hiroさん)。
遅れに遅れて自分の回答を提出し、罪の意識から解放されふぬけていたら、もうメルマガの担当回が回ってきた。年をとったからうんぬん抜きに去年今年と時間の感覚が狂いっぱなし。もう半年かという驚きがありつつ、去年の今ごろ何をしていたかまったく思い出せない。あとから振り返ったら奇妙な2年になりそう。
そんななかでもひとつ良かったことは、本を読む時間が爆裂にふえたことだ。このメルマガでは、基本的に自分が読み、かつ、ALL REVIEWSの書評ページで紹介されている本を取り上げようと思っている。しかし担当回までに読み切れず、うんと過去の書評を掘り起こしてナントカしのぐ、といった悪あがきもけっこうした(それはそれでよかったとは思うけれど)。コロナ禍が明けてせわしない日常が戻ってきたら、この2年のことなんて忘れて、また以前の生活に戻ってしまう予感はしている。でもそれではあまりに学習能力がない。何かを手放すことになったとしても、読書の時間だけは確保し続けようと思っている。
今週のメルマガ冒頭で紹介したのは、2018年ブッカー賞に輝いたアンナ・バーンズの『ミルクマン』だ。ホラー映画にあってもおかしくないタイトル、おどろおどろしい表紙から、すっかり「そっち系」だと思って開いたら、そこには別の怖さがあった。近年、女性を取り巻く環境のなかで問題として浮上している事柄であり、3年前に出版された本であるけれども、時宜としては今の本だと感じて紹介することにした。
メルマガ告知のツイートはこんなふう。
『ミルクマン』――ホラー映画好きを惹きつけるタイトルから想像するものとは違う怖さがありました、という一冊を紹介した今週のメルマガ。小川公代さんの書評と一緒にお楽しみください。まだ知らぬ書とのマッチングALL REVIEWS友の会メルマガの登録は📚https://t.co/pobNIirVfH
— ALL REVIEWS 友の会 (@a_r_tomonokai) 2021年6月1日 to
(朋)
monoai/status/k1399840680172822531?s=2書評は小川公代さん。
メルマガではこのように書いた。
時代に共振する物語の力に圧倒されろ!
『キャンディマン』、『スレンダーマン』、『バイバイマン』等々、ホラー映画で「マン」のつく奴はたいていヤバい。ひとたび魅入られたら最後、命を奪われるか、この世ならざるところへ連れていかれてしまうか、もっと酷い目に遭わされる。「本当におもしろい小説が読みたいならノーベル文学賞よりもこれ」と、だれかに薦められて知ったイギリスの文学賞、ブッカー賞。2018年度の受賞作『ミルクマン』(河出書房)の書影をみたときに、これはホラーに違いないと思った。タイトルは「マン」系だし、表紙には水木しげるの漫画の一コマに出てきそうな禍々しい黒モヤが広がっている。読み始めて、まず第一文目でガシッと掴まれた。
「サムバディ・マクサムバディが私の胸に銃口を押し当てながら私を猫呼ばわりし、殺してやると脅したのは、ミルクマンが死んだのと同じ日だった」(『ミルクマン』より)
脅威のマンだと予想した「ミルクマン」はどうやら死んでしまうらしい。しかし主人公は「猫」呼ばわりされたうえに、べつの脅威に瀕している。初っぱなに出てくる名前は何だ? これは一体、どんな話なのだろうと読む者を引きずり込む効果抜群の幕開けだ。詳しい内容はALL REVIEWSの書評ページで小川公代さんがすばらしく紹介してくださっているので、そちらを参照されたい。
私は、主人公の「私」にすっかり惹かれてしまった。エマ・ワトソン主演のディズニー実写映画『美女と野獣』を観たことのある人は、主人公のベルを思い浮かべてみてほしい。本が大好きで、町で唯一といっていいほど図書館に足しげく通い、空想の世界にあそび、突飛で素敵なアイデアを日常のなかで試すことを躊躇わないチャレンジャーである。しかし狭いコミュニティでベルは異質で浮いた存在どころか、どこかおかしい人間として扱われている。『ミルクマン』の「私」もまったく同じだ。体制と反体制の争いが繰り広げられる世界(端々から舞台のモデルは北アイルランドと察せられる)でしがらみを逃れて自由に生きたいだけなのに、社会の閉塞感がじわじわと彼女を追い詰めていく。そこへもって、この「ミルクマン」は変態である。なぜか彼女につきまとい、彼女のことを徹底的に調べあげる。そうして彼女をめぐる悪意あるうわさにまた尾ひれがついていく。
現実の世界でも、女性が異性からのいわれなき粘着に遭うとか、火のないところに煙をたてられる場面に最近よく出くわす。それは、その手の事象が突然に増加したからではなく、声を上げることを恐れない女性たちがふえ、連帯の意を示して支援の手を差し伸べることにひるまない人たちがふえたからだろう。『ミルクマン』の「私」は孤立無援だが、機知に富んだ語りを武器に、したたかに、しぶとく性差別と偽善をあかるみに引きずり出してあざわらい、解放に向かって突き進む。その姿は十八歳の姿を超えてあらゆる世代の女性たちの代理ヒーローとしてたのもしく光り輝く。四十年以上前の異国を設定にしているとはいえ(その匿名性の高さから)今も世界のあちこちでふきだす性的搾取の問題や和解不能な分断と共鳴する本作は、今にこそ読むのがふさわしい一冊ではないかと思う。(朋)
アンナ・バーンズについて
著者のアンナ・バーンズについてふれておきたいと思う。巻頭言を書くまえにWikipediaなどでひととおり経歴を見て「寡作の作家さんなのだな」という印象をもった、というより、それだけしか感じなかった。メルマガチームのメンバーFabioさんから下記の記事を紹介されて寡作の「秘密」を知り、驚いた。
※この手の記事は一定期間を過ぎると読めなくなるので興味のある方はお早めに!
記事によると、脊椎関節炎を患い、手術を受けたものの予後がはかばかしくなく、鎮痛剤を服用しなければ執筆ができない状態にあるという。肉体的・精神的に衰弱しただけでなく、経済的にも困窮した(フードバンクや家賃補助団体の支援を受けたりしている)。そんななかで『ミルクマン』は4年半ぶりに筆を執った作品だった。最後の仕上げには数カ月を要したそうだ。スタンディングチェアの他さまざまな椅子を試し、痛みと闘いながらも創造性を失わずに送り出した一冊がブッカー賞を受賞(ちなみに賞金の64,000ドル(約700万円)は治療費に充てられるという)。その不屈の作家魂に、ほかの著作も読んでみたいと思った。残念ながら、他の長編小説2冊と中編小説1冊はまだ翻訳されていない。『ミルクマン』の人気があがって、他著作の翻訳も進めばよいと願っている。
というわけで、ガイブン好き、70年代IRAものがお好きな皆さん、『ミルクマン』をぜひ読みましょう!
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週刊ALL REVIEWS Vol.97で紹介した本(未読)
新刊、旧刊の別なく旬本の書評が無料で読めるサイト「好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS」から、1週間分の新着書評を週1回メルマガで届けるサービス「週刊ALL REVIEWS」に参加してもうすぐ2年になる。サイトで紹介されている本から気になる一冊をとりあげて、簡単に紹介する短い巻頭言を書くというもの。最新号が昨夜、登録者のもとに届けられた。ズボラで根気のない私がなんとか続けてこられたのは、寛大なる編集長hiroさんのおかげ。こまめにスケジュールを告知し、毎週、担当者にさりげなく催促する素晴らしい差配ぶりには憧れます。なんと来月、100号を迎えるという(凄い)。読書の趣味も傾向も異なる4人が選ぶ本はさまざま。ほかの3人がどんな本を紹介するのか、私も楽しみにしている。この活動、もっと知られてほしい!だから、今号から自分が担当した巻頭言を記録していこうと思う。
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告知のツイートはこんな感じ。
コロナ禍で加速するデジタル化社会のスピードに驚きつつ、今年も確定申告を“紙”で済ませてしまった自分に自戒を込めて、今号巻頭言では次に読みたい本を紹介しました―『中国 異形のハイテク国家』(朋)https://t.co/TI8hmHlIup
— ALL REVIEWS 友の会 (@a_r_tomonokai) 2021年4月20日
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そして、本文。
ハイテクがもたらす幸せについて考えてみる
コロナ禍が本格化した昨年の今ごろを思い起こしてみる。得体の知れないウイルスに対してまず起こった騒動はマスクの争奪戦だった。お決まりの買い占めから高値転売を経て、本来使い捨てであるはずの不織布のマスクをケバ立つまで洗って使う人まであらわれた。マスクは、ワクチンが兆しも起こってもいなかった当時、命を守るために考えられ得る最善の手段のひとつだった。そんな命綱であるマスクを求めて文字どおり右往左往する私たちを尻目に、お隣の台湾ではひとりの天才の指揮のもと、あっという間に「誰もが安心してマスクが買えるシステム」ができあがっていた。世界に名を轟かせた「マスクマップ」を含む台湾の新型コロナウイルス対策については、「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」(毎日新聞社)
に詳細が記されている。購入は実名制で行われるため、当然、個人情報保護の問題が出てくる。また、多岐にわたる行政機関と民間を連携させなければならない。それをたった3日で一定の解決を得てシステムを実現したのは高いITスキルの賜物なのだろうが、そもそも政府への信頼がなければ進まないことだろう。皆保険制度をしき、一つの政策に複数の省庁が絡む構造は日本とまったく同じなのに、この差は一体、何なのだろうと考えさせられてしまった。
チップや端末が構築する未来において、もはや個人情報は箪笥にしまい込んでおけるものではなくなる。便利で安全な暮らしとのトレードオフだ。オンラインで英語の教師をしているセルビアの友人は中国の会社とも契約しており、英語学習ブームが続いている中国の老若男女さまざまな生徒に教えている。そこで驚いたのが、と友人曰わく「個人情報をなんでも政府に渡してしまうこと」。生徒たちの話によれば、現状コロナ禍をほぼ制圧し、以前と同じ日常を世界トップクラスで取り戻した政府への称賛と信頼は厚いらしく「体にチップを埋め込んでもいい」という者までいるそうだ(もちろんこれはごく一部の限られた人たちから聞いた話であることはお留めおきいただきたい)。約14億人と日本の10倍以上の人口を抱える国が国として機能するために情報とハイテクによるコントロールは必然とはいえ、他国のことながら、やはり「誰に、どこまで」は気になるところだ。無駄な抵抗などやめてさっさとすべて明け渡し紐付きの完璧な生活を手に入れるのが幸せなのか、不便さと困難付きの“完璧な”自由を謳歌するのを誇りとすべきなのか。容易に答えが出せそうにはない問題だから、百考は一読にしかず。世界最強のIT国家となりつつある中国の今を伝える「中国 異形のハイテク国家」(プレジデント社)
を次に読んでみようと思う。書き手の赤間清広さんの入念なる現地取材に基づいたフィクション。ALL REVIEWSの紹介ページには抜粋があり、自動運転にかんするエキサイティングな一節を読むことができる。「異形の」というタイトルにふさわしい半端のなさ。大いに興味をそそられる。もっとも、読み終わるころには彼らはさらに先へと進んでいるかもしれないけれど。(朋)