カワウソの独り言

偏愛する映画と本について書いています。

今週買った映画パンフレット#03

f:id:Drafting_Dan:20220116182312j:plain

1/10~1/16に買ったパンフレット

■ジョン・カーペンターレトロスペクティヴ2022

武蔵野館、ヒューマントラスト有楽町ほかで上映中(1/7から3週間限定)

VHSビデオケース型

発行:有限会社ロングライド

デザイン:大島依堤亜

印刷所:株式会社北斗社

定価:1,300円(税込)

★「BUY」とロゴの入ったふたを開けてみれば「CONSUME」があらわれる!箱の擦れ演出、ビデオテープのラベルも楽しく、ギミックいっぱい。1月初旬にして2022年ベストワン候補が出てしまった!

★追記 もうひとつ隠しメッセージがありました!大島さんがご指摘くださって発見。ドラクエの宝箱のように開けられそうなところは開けてみる、が鉄則ですね。

■アイム・ユア・マン 1/14公開

新宿ピカデリーBunkamuraル・シネマほかで上映中(2022/01/16現在)

A5変形/縦/カラー/24頁

発行:松竹株式会社事業推進部

デザイン:大寿美デザイン

印刷所:株式会社久栄社

定価:880円(税込)

  • コラム4本①渥美志保さん(韓国カルチャーに詳しいライター。劇中でダン・スティーヴンス演じるアンドロイドが韓国語をしゃべる場面がある)②山崎まどかさん③堺三保さん④石黒浩さん(人間類似型ロボット研究の第一人者)。
  • マリア・シュラーダー監督インタビュー。

■ハウス・オブ・グッチ 1/14公開

シネコンほかで上映中(2022/01/16現在)

B5変形(正方形)/縦/カラー/28頁

発行:東宝株式会社事業推進部

編集:株式会社東宝ステラ

デザイン:石川瑛美(ヘルベチカ)

印刷所:成旺印刷株式会社

定価:880円(税込)

  • 濃い赤茶のマホガニー調の表紙に白く浮かぶタイトルはエンボス加工。中身はグッチのシェリーラインを思わせる赤と緑でまとめたスタイリッシュなデザインで、1枚だけモノクロ使いの写真が印象的。
  • コラム2本①斉藤博昭さん(リドリー・スコットと実話映画)②猿渡由紀さん(アメリカ人が描くイタリア悲劇)。
  • プレスカンファレンス採録(主要キャストそろい踏み)。
  • リドリー・スコット監督インタビュー。

★重厚なキャストの圧を「これでもかっ!」とちりばめ、めくるたび華やかさが増すゴージャスなつくり。

クライ・マッチョ 1/14公開

シネコンほかで上映中(2017/01/16現在)

A4/横/カラー/40頁

発行:松竹株式会社事業推進部

編集:宮部さくや(松竹)

デザイン:飛田健吾(INFINITY I GRAPHICS)

印刷所:日商株式会社

定価:880円(税込)

  • 冒頭にイーストウッドのインタビュー。
  • レビュー3本①川本三郎さん②石川直樹さん(写真家、メキシコの風景に照らしてみる本作)③町山智浩さん。
  • プロダクションノートが詳細でトリビア的内容(ロケーション、衣装やセットへのこだわりなど)も網羅。
  • 「CLINT EASTWOOD AS A FILMMAKER」は「西部劇(吉田広明さん)」「家族・師弟(松崎健夫さん)」「旅(鬼塚大輔さん)」「ヒーロー(中条省平さん)」の4ジャンルに監督50年40作品を分類。

エル・プラネタ 1/14公開

渋谷ホワイトシネクイント、シネマカリテほかで上映中(2022/01/16現在)

A5/縦/モノクロ/36頁

発行:株式会社シンカ

デザイン:成田祐人(SYNCA design)

イラスト:世紀末/WALNUT

定価:900円(税込)

  • 冒頭にアマリア・ウルマン監督インタビュー。
  • キャストが「ハッシュタグ」で紹介されているのがユニーク。
  • コラム5本①荒谷翔大さん(yonawoボーカル)②絶対に終電を逃さない女さん③林央子さん④山崎まどかさん⑤森直人さん。

★コミカルな親子のやりとりの裏にあるスペインの歴史や経済事情などが5人それぞれの観点から紐解かれる。A5でコンパクトながら作品への理解が深まる読ませるパンフレット。

★映画パンフは宇宙だ!でコラボ企画を実施しました!Instagram企画+モリモリαをタブロイド風にデザインした1枚紙を「渋谷ホワイトシネクイント」さんでパンフレットをご購入の方にお付けしております。

 

今週買った映画パンフレット#02

f:id:Drafting_Dan:20220109224903j:plain

1/3~1/9に買ったパンフレット

 今週は2作品3冊…はちょっと寂しいので、「Pamphlet of the Day(パンフレット・オブ・ザ・デイ)」として1/8に生まれ1/10に逝去したデヴィッド・ボウイ出演で2016年にリバイバル上映された作品の新旧パンフレットを紹介しました。

レイジング・ファイア 12/24公開

TOHOシネマズほかで上映中(2022/01/09現在)

ドニー・イェンニコラス・ツェーのダブル主演作(共演は15年ぶり)

監督・製作は20年8月に58歳で急逝したベニー・チャン(遺作)

A4/縦/カラー/28頁

発行:東宝

デザイン:岡野登

印刷所:成旺印刷

定価:880円(税込)

 

スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム 1/7公開

シネコンほかで上映中(2022/01/09現在)

通常版:A4/縦/カラー/60頁

発行:東宝

デザイン:平塚寿江(東宝ステラ)

印刷所:成旺印刷

定価:880円(税込)

  • コミックのコマ割り風にストーリー、キャラクターを紹介
  • キャストインタビュー(トムホもネタバレなし)
  • コラム①杉山すぴ豊(アメキャラ系ライター)ネタバレありの表記(他記事は鑑賞前に読んでも大丈夫…ですが気になる方は鑑賞後にゆっくりどうぞ!)
  • 中盤は紙質が変わる(古紙再生100%的、ザラザラな表面のラフな印刷風)
  • スタッフインタビューが手厚い!ジョン・ワッツ監督

<ここがすごいぞ、ジョン・ワッツ2014年に短編ホラー映画『クラウン』製作。クレジットに「イーライ・ロス製作総指揮」と勝手に入れてYouTubeで公開。イーライ・ロスの目にとまり、この作品を長編にして商業デビューを果たす(現在U-NEXT他で配信中)。その後、ケヴィン・ベーコン主演『コップ・カー』(hulu、アマプラ有料他で配信中)を撮り、トムホ主演のスパイダーマン三部作へ。

②製作ケヴィン・ファイギ ③製作総指揮レイチェル・オコナー

<製作と製作総指揮の違い>製作は、映画を作るために監督、脚本などスタッフやキャストといった「人」や「金」を集める仕事をする人。製作総指揮は、文字どおり映画製作を全面的に指揮している場合もあれば、若い、あるいはキャリアの浅い監督の「後見人」として映画を盛り立て、現場には一切口出ししない場合もある。

④脚本クリス・マッケナ/エリック・ソマーズ:スパイダーマンらしさやキャラクターの成長について ⑤プロダクション・デザイナーダレン・ギルフォード:部屋や内装、家具のこだわりについて(鑑賞前に読むとこだわりが分かって面白い) ⑥小道具ラッセル・ボビット ⑦衣装デザイナーサーニャ・ヘイズ

特別版:仕様と内容は同じ/カバー付(カバーの裏ポスター)、めくった表紙が意匠性の高いデザイン、シールとミニポスター風の扉絵

定価:1,100円(税込)

※個人的にはカバー、表紙が素敵なので特別版をお薦めします

 

地球に落ちてきた男

1977年版 A4/縦/カラーとモノクロ/16頁

発行:東宝

定価:250円

  • 簡単なストーリー、監督紹介
  • 解説がプロダクションノートやトリビア的内容を含む

2016年版 B5/縦左開き/カラー/32頁

発行:boid

デザイン:千原航

印刷:株式会社ケーコム

定価:800円(税込)

  • タイトルは表紙では左上に小さく、開いたところに大きく表示
  • 難解な内容を紐解く6つのポイント
  • コラムは3本。①大森さわこさん②柳下毅一郎さん③鋤田正義さん:40年間ボウイを撮り続けてきたフォトグラファーがみたボウイ
  • 全アルバムカバー掲載のディスコグラフィ
  • 劇中の楽曲リスト
  • ニコラス・ローグ監督(2018年没)について、またフィルモグラフィ

週刊ALL REVIEWS Vol.133で紹介した本(既読)『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

 物事を続けられない性分の私が、昨年一年間かろうじて続けられたほぼ唯一のこと。ALL REVIEWS友の会で発行しているメルマガの巻頭言を書くお当番。物静かで包容力があり、押しの力加減が絶妙な編集長hiroさんのおかげで、どうにかこうにか当番を欠かさずにやりおおせた。今年もお世話になります!

 このメルマガ、ALL REVIEWSという書評紹介サイトに掲載された新着書評を1週間分まとめて届ける週刊発行のもの。現在は5人の担当者が週替わりでメルマガ冒頭の巻頭言を執筆、一冊を取り上げて短く紹介している。既読のものもあれば、書評を読んで手にしてみようという未読本まで、5人それぞれ興味の方向が良い具合にばらけており、取り上げられる本もさまざま。私も一読者として楽しんでいる。

 ALL REVIEWS友の会に加入するまで書評を意識して読むことはなかったが、あらためて読んでみると書き手である書評家の手腕に感服させられる。ど真ん中のターゲットを絡め取る惹句、マージナルな読者候補生を惹きつける撒き餌。もちろんネタばれをすることはない。書評を読むだけでもかなりの満足感がある。今年は読書習慣を身につけたい!と思う方へ。とりあえず書評を読むところから始めませんか?

 メルマガの登録はこちらから。毎週火曜の夜に発行です。

allreviews.jp

 

 昨年の最後のお当番は年内最後の発行分でした。サイトに書評があるもの、が原則だけれども、どうしても紹介したく、イレギュラーに書評のない本を取り上げた。

今年の本は今年のうちに、積ん読を解消するたった一つの簡単なやり方。

** 週刊ALL REVIEWS Vol.133 (2021/12/20から2021/12/26)
------------------------------------------------------------
 仕事納めを迎え、「さて」と腰を落ち着けてさまざまな「今年のベスト一〇」に思いを巡らせる人もいるかもしれない、そんな二十八日。週に一度、一週間分の新着書評をまとめてお届けするALL REVIEWSメルマガも、本日が二〇二一年最後の号。この巻頭言では本来、前週の新着分から一冊選んで紹介するのがならわしだが、年末のどさくさに紛れてルールを逸脱してみることにする。今年読んだ本のなかでマイベスト一〇冊を挙げるなら上位に入ること間違いない一冊。角川書店から今年八月に初邦訳出版された『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(トーマス・サヴェージ著/波多野理彩子訳)だ。

allreviews.us18.list-manage.com

 著者のトーマス・サヴェージは、自身が幼い頃に過ごした牧場での経験や当時のアメリカ西部の生活文化を取り入れたウエスタン小説の書き手としてよく知られる作家である。本作もその系譜に位置づけられる作品で、一九二〇年代のモンタナ州に暮らす兄弟を中心に「男として生きること」への葛藤がスリリングな調子で物語られる。登場するアルコール依存症に陥るローズや、愚直で温厚な牧場主の片割れジョージ、ジョージの兄で家父長的にふるまうもう一人の牧場主フィルは、それぞれ自身の家族を幾ばくかモデルにして創られたと聞くと、フィクションとはいえ、当時のアメリカ西部が透けてみえてくるようだ。

 実は本作、『ピアノ・レッスン』でカンヌ・パルムドール及び米国アカデミー賞の数部門を受賞したジェーン・カンピオンによって映画化されている。

www.netflix.com

主役の「泥と汗にまみれた教養ある野蛮人」フィルを演じるのは、英国の名優ベネディクト・カンバーバッチだ。今もまだ劇場公開されているが、Netflixで配信もされている。個人的な心情としては映画館を薦めたいところ、暮れも押し詰まったこの時期、家ごもりのお供として不足はない。まずは女性監督が描く西部劇というだけでも十分に関心をそそられるが、力を行使し犠牲をいとわない開拓精神の夢とロマンの痕跡を抱えた時代のアメリカを、植民地主義に苦しめられ開拓される側であった過去をもつニュージーランド生まれのカンピオンが手がけたとみればますます興味深くはないだろうか。

 昨今、「有害な男らしさ(Toxic Masculinity)」という言葉をよく目に、耳にする。言葉自体は八〇年代に端を発しているが、一般の人々の口にのぼるようになったのはここ数年、MeToo運動をきっかけにフェミニズム思想に関心が高まるのと時を同じくしているのではないかと思う。「有害な男らしさ」とは、「男はこうあるべき」という規範から外れる者を貶め、女性を蔑視し、性暴力を招く危険性をはらんだ一種の文化基準である。近頃はこの「有害な男らしさ」に苦しめられているのはなにも女性ばかりではなく、男性もその概念が構築する社会の犠牲者として認識されている。従来ならば「男らしくなく恥ずべき」と蔑視されてきた人前で泣く、つらさや苦しさを訴えるといった行為は、個人の心の健康を保ち、ひいては社会の健全化につながるとしてむしろ推奨され始めている。つい先ごろ日本のある男性アイドルのオーディション番組で、カメラの前でも堂々と、合格してうれし泣き、落ちて悔し泣きする十代の子たちの姿をみて、なにものにも縛られない自由な心の動きにすがすがしさを覚えたことを思い出した。

 タイトルの「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は旧約聖書詩篇」二二篇二〇節からとられている。「わたしの魂をつるぎから、わたしのいのちを犬の力(the power of the dog)から助け出してください」、十字架にかけられて苦しむイエスが神に投げかけた嘆きである。ここでいう「犬」とはイエスの処刑を決断したピラトだと考えられている。フィルも泣くことができたなら、フィルに取り憑きフィルを抑えていた「犬の力」から逃れ、周囲の人たちと違った関係を築けただろうか。小説と映画を合わせてみると一層、フィルの抱えていた暗部がいつまでも胸のうちにこだましてやまない余韻を残す。映画は音楽も素晴らしい。長いようであっという間に終わってしまう正月休みだが、もし一日猶予があるのなら、読んで観る、あるいは観て読む、物語の世界にどっぷり浸かってみるのはどうだろう?(朋)
------------------------------------------------------------

 この『パワー・オブ・ザ・ドッグ』と引き合いにされる映画がある。カウボーイのもつマッチョなイメージに自分らしさを抑圧されて苦しみ、同性愛者であることを隠して生きるしかなかった二人の男の生涯を描いた映画『ブロークバック・マウンテン』だ。こちらの作品に出てくる二人は周囲の無言の圧、実力を伴った強制に「苦しめられている」と実感している。そこから抜け出そうとあがくが、社会はそれを許さず、結局は期待される生き方しか選べずに苦悩する。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の主人公フィルの内面はそこまで直接的に描かれていない。行動の端々から読み解くしかないのだが、私は「自分らしく生きることができていない現状を認められない」呪縛を感じた。これも「有害な男らしさ」がもたらす毒なのだと思う。

 すっかり定着した感のある「有害な男らしさ」という言葉。昨年は女性の側から語られることが多かった。男性側からの声がさらに聞かれるようになれば、共通敵に立ち向かう同志として社会を変えていけるのではないかと思っている。

今週買った映画パンフレット#01

f:id:Drafting_Dan:20220103224652j:plain

12/27~01/02に買った映画パンフレット

「映画パンフは宇宙だ!」で年末に募った「今年のベスト映画パンフレット」。

pamphlet-uchuda.com

メンバーはもちろんのこと、団体外に向けても広くTwitter等で募集している恒例のアンケートだ。今年も10冊、すらすらと書き進めていったはいいものの、終わりのほうの1項目「今年購入したパンフは何冊?」に至って「ウッ…」と詰まってしまった。

元来、整理整頓が苦手なうえに、ナマケモノのズボラゆえ記録もつけておらず。あちこちに散らばったパンフレットを一堂に集めるまでにえらく難儀した。探せた範囲で93冊。この暮れの大探索に懲りて、今年は何が何でも記録はつけるぞ!と決意を新たに、強制装置としてTwitterのスペース機能を使ってみることにする。

毎週日曜日の22時から30分程度、その週に買った映画パンフレットを紹介し、ブログに綴っていくつもり。自分の性格からして、大々的に宣言しておけば途中でやめるにやめられないだろう、という読みと魂胆です。

売り切れを心配して公開初日にパンフレットだけ先に買いに行き鑑賞は追って、というパターンはメンバーあるあるだが、昨年はとうとう鑑賞のチャンスをのがしてしまった作品もあった。今年はパンフ買った作品は全て観ることを誓います。

今週は4作品5冊を紹介。全て2021年劇場公開作品です。

 

GUNDA 12/10公開

シネマカリテ、ヒューマントラスト渋谷ほかで上映中(2022/01/03現在)

B5/横/モノクロ/20頁

発行:ビターズ・エンド

デザイン:山田裕紀子

印刷所:三永印刷

定価:650円(税込)

  • 冒頭見開きに国外の著名人・メディアの短評、後ろの見開きに国内著名人の短評
  • コラムは2本。森直人さんと家畜写真家の瀧見明花里さん(ニュージーランドでファームステイ中に仔牛の安楽死に立ち会い、命をいただくということの意味を実感。監督が作品に込めた想いとのシンクロを感じる内容)
  • ヴィクトル・コサコフスキー監督インタビュー ホアキン・フェニックスがプロデューサーになった経緯も。
  • スタッフプロフィールでホアキンに加え、制作会社も詳しく紹介。

 

BELUSHI 12/17公開

シネマカリテ、ヒューマントラスト有楽町ほかで上映中(2022/01/03現在)

B5/縦/カラー/16頁

発行:アンプラグド

デザイン:塚本陽(ツカモトキヨシ)

定価:600円(税込)

 

世界で一番美しい少年 12/17公開

ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマカリテ、シネスイッチ銀座ほかで上映中(2022/01/03現在)

A5/縦/カラー/36頁

発行:松竹

デザイン:山田裕紀子

印刷所:成旺印刷

定価:900円(税込)

  • 冒頭見開きで監督による製作の意図、おわりにプロデューサーによる製作の意図。興味本位ではなく、対象化が個人に与える影響をとらえようとする姿勢がみえてくる。
  • コラムは4本。立田敦子さん、大森さわこさん、石田美紀(イシダミノリ)さんは日本の漫画へ与えた影響を交えつつ、芝山幹郎さん。
  • クリスティーナ・リンドストロム、クリスティアン・ペトリ両監督に加え、ビョルン・アンドレセン本人へもインタビュー。彼個人のヒストリーをみせる年表と短いフィルモグラフィは波瀾万丈の人生を物語るようでもある。

 

マトリックスレザレクションズ 12/17公開

シネコンほかで上映中(2022/01/03現在)

通常版:A4/縦/カラー/36頁

発行:松竹

デザイン:志氣慶二郎(SlowStarter)垣花誠(kakihanamakoto.com)

刷所:成旺印刷

定価:880円(税込)

  • 志氣慶二郎さんと垣花誠さんは『LOOPER/ルーパー』(2012)、『ブレードランナー 2049』(2017)、『TENET』(2020)でもタッグ。
  • 「考察」の青、「真実」の赤に分かれる構成。「青」はコラム中心。前田真宏監督、巽孝之さん(慶應大教授、SF評論家)、大口孝之さん(VFX、CG、3D映画、特殊形態スクリーン、アートアニメーション、展示映像などを専門とする映像ジャーナリスト)、大森さわこさん、よしひろまさみちさん。「赤」はラナ・ウォシャウスキー監督、キャストインタビュー中心。三部作で完結としていた監督はなぜ本作を作ったのかを紐解くプロダクションノートなど、丁寧に作り込まれている。

 

特別版:A4/縦/カラー/56頁

発行:松竹

デザイン:垣花誠(kakihanamakoto.com)志氣慶二郎(SlowStarter)

印刷:成旺印刷

定価:1,800円(税込)

  • メタリックグリーンの装幀が格好良い。
  • 稲垣貴俊さん(ライター)がコラム、インタビューほか八面六臂の活躍。
  • 劇中に飛びかうサイバー用語解説。
  • 押井守監督が語るマトリックス
  • 三部作振り返り(蛍光グリーンのページが美しい)。
  • アニマトリックス全話紹介(前田監督インタビュー)。
  • 解説コラムは6本(巽孝之さん、大口孝之さん、ギンティ小林さん[香港映画、ユエン・ウーピンと絡めて]、大森さわこさん、森直人さん、よしひろまさみちさん)。

 

週刊ALL REVIEWS Vol.103で紹介した本(既読)『ミルクマン』

 先日、発行100号を迎えたALL REVIEWS友の会メルマガ。鹿島茂先生からお祝いのコメントも頂戴した(この号だけは特別にウェブサイトで読める)。

allreviews.jp巻頭言担当者へのインタビュー企画も進んでいる(第1回は編集長hiroさん)。

note.com

遅れに遅れて自分の回答を提出し、罪の意識から解放されふぬけていたら、もうメルマガの担当回が回ってきた。年をとったからうんぬん抜きに去年今年と時間の感覚が狂いっぱなし。もう半年かという驚きがありつつ、去年の今ごろ何をしていたかまったく思い出せない。あとから振り返ったら奇妙な2年になりそう。

 そんななかでもひとつ良かったことは、本を読む時間が爆裂にふえたことだ。このメルマガでは、基本的に自分が読み、かつ、ALL REVIEWSの書評ページで紹介されている本を取り上げようと思っている。しかし担当回までに読み切れず、うんと過去の書評を掘り起こしてナントカしのぐ、といった悪あがきもけっこうした(それはそれでよかったとは思うけれど)。コロナ禍が明けてせわしない日常が戻ってきたら、この2年のことなんて忘れて、また以前の生活に戻ってしまう予感はしている。でもそれではあまりに学習能力がない。何かを手放すことになったとしても、読書の時間だけは確保し続けようと思っている。

 今週のメルマガ冒頭で紹介したのは、2018年ブッカー賞に輝いたアンナ・バーンズの『ミルクマン』だ。ホラー映画にあってもおかしくないタイトル、おどろおどろしい表紙から、すっかり「そっち系」だと思って開いたら、そこには別の怖さがあった。近年、女性を取り巻く環境のなかで問題として浮上している事柄であり、3年前に出版された本であるけれども、時宜としては今の本だと感じて紹介することにした。

 メルマガ告知のツイートはこんなふう。

monoai/status/k1399840680172822531?s=2書評は小川公代さん。

allreviews.jp

メルマガではこのように書いた。

時代に共振する物語の力に圧倒されろ!

 『キャンディマン』、『スレンダーマン』、『バイバイマン』等々、ホラー映画で「マン」のつく奴はたいていヤバい。ひとたび魅入られたら最後、命を奪われるか、この世ならざるところへ連れていかれてしまうか、もっと酷い目に遭わされる。「本当におもしろい小説が読みたいならノーベル文学賞よりもこれ」と、だれかに薦められて知ったイギリスの文学賞ブッカー賞。2018年度の受賞作『ミルクマン』(河出書房)の書影をみたときに、これはホラーに違いないと思った。タイトルは「マン」系だし、表紙には水木しげるの漫画の一コマに出てきそうな禍々しい黒モヤが広がっている。読み始めて、まず第一文目でガシッと掴まれた。

「サムバディ・マクサムバディが私の胸に銃口を押し当てながら私を猫呼ばわりし、殺してやると脅したのは、ミルクマンが死んだのと同じ日だった」(『ミルクマン』より)

 脅威のマンだと予想した「ミルクマン」はどうやら死んでしまうらしい。しかし主人公は「猫」呼ばわりされたうえに、べつの脅威に瀕している。初っぱなに出てくる名前は何だ? これは一体、どんな話なのだろうと読む者を引きずり込む効果抜群の幕開けだ。詳しい内容はALL REVIEWSの書評ページで小川公代さんがすばらしく紹介してくださっているので、そちらを参照されたい。

 私は、主人公の「私」にすっかり惹かれてしまった。エマ・ワトソン主演のディズニー実写映画『美女と野獣』を観たことのある人は、主人公のベルを思い浮かべてみてほしい。本が大好きで、町で唯一といっていいほど図書館に足しげく通い、空想の世界にあそび、突飛で素敵なアイデアを日常のなかで試すことを躊躇わないチャレンジャーである。しかし狭いコミュニティでベルは異質で浮いた存在どころか、どこかおかしい人間として扱われている。『ミルクマン』の「私」もまったく同じだ。体制と反体制の争いが繰り広げられる世界(端々から舞台のモデルは北アイルランドと察せられる)でしがらみを逃れて自由に生きたいだけなのに、社会の閉塞感がじわじわと彼女を追い詰めていく。そこへもって、この「ミルクマン」は変態である。なぜか彼女につきまとい、彼女のことを徹底的に調べあげる。そうして彼女をめぐる悪意あるうわさにまた尾ひれがついていく。

 現実の世界でも、女性が異性からのいわれなき粘着に遭うとか、火のないところに煙をたてられる場面に最近よく出くわす。それは、その手の事象が突然に増加したからではなく、声を上げることを恐れない女性たちがふえ、連帯の意を示して支援の手を差し伸べることにひるまない人たちがふえたからだろう。『ミルクマン』の「私」は孤立無援だが、機知に富んだ語りを武器に、したたかに、しぶとく性差別と偽善をあかるみに引きずり出してあざわらい、解放に向かって突き進む。その姿は十八歳の姿を超えてあらゆる世代の女性たちの代理ヒーローとしてたのもしく光り輝く。四十年以上前の異国を設定にしているとはいえ(その匿名性の高さから)今も世界のあちこちでふきだす性的搾取の問題や和解不能な分断と共鳴する本作は、今にこそ読むのがふさわしい一冊ではないかと思う。(朋)

 アンナ・バーンズについて

 著者のアンナ・バーンズについてふれておきたいと思う。巻頭言を書くまえにWikipediaなどでひととおり経歴を見て「寡作の作家さんなのだな」という印象をもった、というより、それだけしか感じなかった。メルマガチームのメンバーFabioさんから下記の記事を紹介されて寡作の「秘密」を知り、驚いた。
※この手の記事は一定期間を過ぎると読めなくなるので興味のある方はお早めに!

m.dailykos.com

 記事によると、脊椎関節炎を患い、手術を受けたものの予後がはかばかしくなく、鎮痛剤を服用しなければ執筆ができない状態にあるという。肉体的・精神的に衰弱しただけでなく、経済的にも困窮した(フードバンクや家賃補助団体の支援を受けたりしている)。そんななかで『ミルクマン』は4年半ぶりに筆を執った作品だった。最後の仕上げには数カ月を要したそうだ。スタンディングチェアの他さまざまな椅子を試し、痛みと闘いながらも創造性を失わずに送り出した一冊がブッカー賞を受賞(ちなみに賞金の64,000ドル(約700万円)は治療費に充てられるという)。その不屈の作家魂に、ほかの著作も読んでみたいと思った。残念ながら、他の長編小説2冊と中編小説1冊はまだ翻訳されていない。『ミルクマン』の人気があがって、他著作の翻訳も進めばよいと願っている。

 というわけで、ガイブン好き、70年代IRAものがお好きな皆さん、『ミルクマン』をぜひ読みましょう!

 

・・・あっ、大事なことを忘れていた。新着書評が毎週届くALL REVIEWS友の会の無料メルマガ、購読のご登録は下記をクリック!

allreviews.us18.list-manage.com

 

 

週刊ALL REVIEWS Vol.97で紹介した本(未読)

 新刊、旧刊の別なく旬本の書評が無料で読めるサイト「好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS」から、1週間分の新着書評を週1回メルマガで届けるサービス「週刊ALL REVIEWS」に参加してもうすぐ2年になる。サイトで紹介されている本から気になる一冊をとりあげて、簡単に紹介する短い巻頭言を書くというもの。最新号が昨夜、登録者のもとに届けられた。ズボラで根気のない私がなんとか続けてこられたのは、寛大なる編集長hiroさんのおかげ。こまめにスケジュールを告知し、毎週、担当者にさりげなく催促する素晴らしい差配ぶりには憧れます。なんと来月、100号を迎えるという(凄い)。読書の趣味も傾向も異なる4人が選ぶ本はさまざま。ほかの3人がどんな本を紹介するのか、私も楽しみにしている。この活動、もっと知られてほしい!だから、今号から自分が担当した巻頭言を記録していこうと思う。

 次号からの申し込みは下記リンクをクリック!

allreviews.jp

  告知のツイートはこんな感じ。

 そして、本文。

ハイテクがもたらす幸せについて考えてみる

 コロナ禍が本格化した昨年の今ごろを思い起こしてみる。得体の知れないウイルスに対してまず起こった騒動はマスクの争奪戦だった。お決まりの買い占めから高値転売を経て、本来使い捨てであるはずの不織布のマスクをケバ立つまで洗って使う人まであらわれた。マスクは、ワクチンが兆しも起こってもいなかった当時、命を守るために考えられ得る最善の手段のひとつだった。そんな命綱であるマスクを求めて文字どおり右往左往する私たちを尻目に、お隣の台湾ではひとりの天才の指揮のもと、あっという間に「誰もが安心してマスクが買えるシステム」ができあがっていた。世界に名を轟かせた「マスクマップ」を含む台湾の新型コロナウイルス対策については、「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」(毎日新聞社

presidentstore.jp

に詳細が記されている。購入は実名制で行われるため、当然、個人情報保護の問題が出てくる。また、多岐にわたる行政機関と民間を連携させなければならない。それをたった3日で一定の解決を得てシステムを実現したのは高いITスキルの賜物なのだろうが、そもそも政府への信頼がなければ進まないことだろう。皆保険制度をしき、一つの政策に複数の省庁が絡む構造は日本とまったく同じなのに、この差は一体、何なのだろうと考えさせられてしまった。

 チップや端末が構築する未来において、もはや個人情報は箪笥にしまい込んでおけるものではなくなる。便利で安全な暮らしとのトレードオフだ。オンラインで英語の教師をしているセルビアの友人は中国の会社とも契約しており、英語学習ブームが続いている中国の老若男女さまざまな生徒に教えている。そこで驚いたのが、と友人曰わく「個人情報をなんでも政府に渡してしまうこと」。生徒たちの話によれば、現状コロナ禍をほぼ制圧し、以前と同じ日常を世界トップクラスで取り戻した政府への称賛と信頼は厚いらしく「体にチップを埋め込んでもいい」という者までいるそうだ(もちろんこれはごく一部の限られた人たちから聞いた話であることはお留めおきいただきたい)。約14億人と日本の10倍以上の人口を抱える国が国として機能するために情報とハイテクによるコントロールは必然とはいえ、他国のことながら、やはり「誰に、どこまで」は気になるところだ。無駄な抵抗などやめてさっさとすべて明け渡し紐付きの完璧な生活を手に入れるのが幸せなのか、不便さと困難付きの“完璧な”自由を謳歌するのを誇りとすべきなのか。容易に答えが出せそうにはない問題だから、百考は一読にしかず。世界最強のIT国家となりつつある中国の今を伝える「中国 異形のハイテク国家」(プレジデント社)

allreviews.jp

を次に読んでみようと思う。書き手の赤間清広さんの入念なる現地取材に基づいたフィクション。ALL REVIEWSの紹介ページには抜粋があり、自動運転にかんするエキサイティングな一節を読むことができる。「異形の」というタイトルにふさわしい半端のなさ。大いに興味をそそられる。もっとも、読み終わるころには彼らはさらに先へと進んでいるかもしれないけれど。(朋)

進化する「ファイナル・ガール」、『ザ・スイッチ』

 タイムループ・コメディ・ホラー映画『ハッピー・デス・デイ』と続編の『ハッピー・デス・デイ2U』で一躍、名をあげたクリストファー・ランドン監督の新作『ザ・スイッチ』がいよいよ公開される。

 あらすじ

 引っ込み思案で自分に自信の持てない女子高生ミリー。片思い中の同級生に話しかけられるなんて千載一遇のチャンスがめぐってきても、ろくな受け答えができない。内気な彼女を疎ましく思う教師にイヤミを言われても口ごもるだけ。そんな自分に嫌気がさしてまた落ち込む冴えない毎日を送っている。家にも安らぎの場はない。父親が亡くなってからというもの、酒の量がふえて小さなトラブルを起こす母。母の心労を減らしたくてミリーは母に忠実な「いい子」でいる。同居の姉は警察官。家庭内のぎこちない空気には我関せずの態度だ。ミリーは、唯一の理解者である二人の親友、活発なナイラとゲイのジョシュに励まされながら、なんとか生きている。ある夜、アメフトの応援に参加したミリーは、試合後に無人のグラウンドで不審な男と出会う。最近、町を跋扈していた連続殺人鬼ブッチャーだった。逃げまどうミリーに、ブッチャーは容赦なくナイフを振り下ろす。その瞬間、雷鳴が轟き、雷光が二人を貫く。翌朝、目覚めたミリーは、ブッチャーの体の中にいることに気がつく。二人の魂が入れ替わってしまったのだ。24時間以内に元に戻らないと一生そのままだと知ったミリーは、親友たちとブッチャーを追う。ミリーは、殺戮をくり返すブッチャーを食いとめ、体を取り戻すことができるのか。闘いの一日が始まる。 

 

自宅からZoomでのインタビューに応じてくださったクリストファー・ランドン監督。約束の時刻の2時間前に「1時間早めてほしい」と連絡があり、慌てた。また小さい二人のお子さんのスケジュールに合わせる必要があると聞いてほっこり。

自宅からZoomでのインタビューに応じてくださったクリストファー・ランドン監督

お馴染みの題材で新しいジャンルを切り拓く

 魂が入れ替わる“ボディ・スワッピング”ものである本作。原題を『FREAKY』といい、1976年公開のディズニー映画『フリーキー・フライデー』に着想を得たという。2003年に同タイトルでリメイクされた(邦題は『フォーチューン・クッキー』)、その内容はといえば、父の死も母の再婚も受け入れられないでいる十代の女の子が、母親と中身だけ入れ替わってしまう。元に戻るべく奮闘するなかで、お互いに相手の本音を知り、理解を深めていくミュージカルコメディだ。

 この「魂の入れ替わり」は、日本ではお馴染みの主題である。古くは山中恒著の児童文学「おれがあいつであいつがおれで」とその映画化作品『転校生』(1982)、近年では大ヒットアニメ映画『君の名は。』(2016)が代表的な作品だろう。細かなものを挙げればきりがないほどある。ところが、アメリカではこの「魂が入れ替わる」という概念があまり理解されないらしい。実際のところ作品はいくつかある。例えば『ホット・チック』(2002)は、呪われたイヤリングで中年男と女子高生が入れ替わるコメディ。『ザ・スイッチ』はこの作品にも着想を得ているだろう。ほかにも、『フリーキー・フライデー』の父息子版『ハモンド家の秘密(1987)』、新婦と見知らぬ爺さんが入れ替わるロマコメ『キスへのプレリュード』(1992)、誰もがうらやむ人生を送る既婚男が夢追い真っ最中で未婚の親友と入れ替わる『チェンジ・アップ/オレはどっちで、アイツもどっち!?』(2011)など。やはり魂と肉体は切り離せないものらしく、FBI捜査官とテロリストが入れ替わる『フェイス・オフ』(1997)は「整形手術で無理やり替える」タイプだし、『大逆転』(1983)はエリートとホームレスの「立場」を入れ替えるお話。逆に、日本ではマイナーだがアメリカではお馴染みの設定なのが人生をやり直すパターンで、『天国から来たチャンピオン』(1978)、『スライディング・ドア』(1998)、『天使のくれた時間』(2000)、亜種として『メリンダとメリンダ』(2004)。名作も数々ある。

 いずれにしてもコメディが多く、ホラー映画に「魂入れ替わり」の要素を持ち込んだ作品は見つけられなかった。日本でも数少ないスラッシャー映画の作り手、朝倉加葉子監督によると、実は入れ替わりホラーのパイオニアではないかと思う『クソすばらしいこの世界』(2013)はロサンジェルスで撮影を行い、一部の俳優は現地で公募したそうだ。出演交渉の際に「魂が入れ替わる」設定を説明したが、なかなか理解してもらえず、断わられることもたびたびあったという。

 海外ホラー作品でよく見られるのは、断然、何かに体を乗っ取られる「ボディ・スナッチャー」である。それなら枚挙にいとまがないほどある。『エクソシスト』(1973)に代表される悪魔憑きもの無数、『SF/ボディ・スナッチャー』(1978)、『ポゼッション』(1981)、『遊星からの物体X』(1982)等のエイリアンによる乗っ取り系、死刑になった殺人鬼の魂が乗りうつる『ショッカー』(1989)、『デビルジャンク』(1989)、『ペンタグラム/悪魔の烙印』(1990)など、細分化も進んでいる。体を乗っ取られる側には、落ち度や血縁によるしがらみはあっても、罪はない。悪霊など実体を持たない邪悪な存在が、隙につけ込み、悪事を働くための肉体を手に入れようとして引き起こすのだ。

 『ザ・スイッチ』が画期的なのは、理解されにくい「魂の入れ替わり」に、シンプルで誰もが納得できる理屈をつくりあげ、従来の「ボディ・スナッチャー」ものの世界に「ボディ・スワッピング」の概念を持ち込み、ホラー映画に新しいジャンルを打ち立てたことだ。『ハッピー・デス・デイ』のファンジン制作(映画パンフは宇宙だ!発行)にあたってランドン監督にインタビューをしたのだが、そのとき印象に残った言葉のひとつが「人生はひとつのジャンルにおさまらない。だから、映画も同じようにつくりたい。いろいろなジャンルを混ぜてつくるのが好きなんだ」だった。『ザ・スイッチ』は、この分野横断的な発想があって生まれた作品だ。

PATUFan×Zine Vol.04「バースデーだけど死にまくりでアンハッピーだけど新しい自分に出会えてハッピーabout HAPPY DEATH DAY/2U」発売中です。

 

 人生を変えたラリー・クラークジェイソン・ブラムとの出会い

 このような柔軟な考え方ができるのは、ランドン監督が長きにわたって脚本家生活を送っていたことと関係があるだろう。大学在学中に制作会社でインターンとして働き、山のように送られてくる脚本に目を通すかたわら、友人と短編映画を作ってはあちこちの映画祭に送っていたランドン監督。そのうちの一本がラリー・クラークの目に留まる。クラークは、ユースカルチャーを追い、ドラッグや銃でセンセーショナルな話題を提供して伝説と化していた写真家。「アメリカ人が誰も作ったことのないティーンエイジ映画を」と映画製作に参入し始めたころで、信奉者のひとりガス・ヴァンサントらの協力を得て初長編作『KIDS/キッズ』(1995)を発表していた。二作目となる『アナザー・デイ・イン・パラダイス』(1998)の脚本家にランドンを起用したのだった。旅の途中で犯罪を重ねながらも成長をする少年の姿を描いたスリラー風のロードムービーで、メラニー・グリフィスジェームズ・ウッズらが脇を固めたが、興行的には失敗。ともあれ、これがランドンのハリウッドデビューかつ、プロの脚本家としての第一歩となった。

 ランドンはその後も数本の映画、TVシリーズで脚本を書き続け、ブラムハウス・プロダクションズ創始者ジェイソン・ブラムと出会って意気投合する。低予算ホラーを得意とするブラムは、モキュメンタリー手法で撮られた『パラノーマル・アクティビティ』(2007)で世界的な大成功をおさめるのだが、製作費の400%近くに及ぶ興収は想定外のうれしい誤算だったようだ。続編の製作を決めたものの、脚本が重要だと、てこ入れ役としてランドンを脚本家に抜擢する。ランドンは同シリーズの2、3、4と番外篇の4本の脚本を書き、番外篇の『パラノーマル・アクティビティ呪いの印』(2014)ではメガホンもとっている。

 幼いころから、両親に「観すぎ」と心配されるほどホラー映画を浴び続けてきたランドン監督には、スプラッター、スラッシャー表現への強いこだわりがあった。その腕を思う存分にふるったのが、パラマウント配給の『ゾンビーワールドへようこそ』(2015)だ。全編コメディタッチでどぎつめの血肉描写もファニーさが先立つ。思いきった下ネタも端々にあらわれるが「クレしん」的。それでも米国ではR指定を受け(日本の映倫R-18にあたる)、製作費こそ回収したものの、成功とは言いがたい状況だった。そこで、スプラッター表現を極力抑えて作ったのが、ブラムハウス・プロダクションズと再びタッグを組んだ『ハッピー・デス・デイ』シリーズだった。

 『ハッピー・デス・デイ』はもともと、1990年代にマーベルで『X-Men』シリーズ、2010年代にはDCでスーパーマンなどのコミックを発表していたスコット・ロブデルによって書かれた作品だった。脚本に途中参加したランドン監督は、オリジナルになかったロマンティック要素を加えた。インタビューで脚本の変更過程を尋ねると、「主人公の心の成長が本作のテーマのひとつ。周囲とのかかわり方が変わっていくのはわかりやすい描き方だし、そこにロマンティックな関係を入れたらもっと面白くなるんじゃないかと思ったから」とのこと。ロマンティックといっても、甘々ではない。ランドン監督はもともと強い女性がお好き。過去の作品『ディスタービア』(2007)にも『ゾンビーワールドへようこそ』にも強い女の子があらわれる。何度殺されてもメゲないツリーの前向きで闘争心に満ちた性格にも、その嗜好が反映されている。

脚本に込められた想い

 ランドン監督の脚本には、もうひとつ大きな特徴がある。それは「自分の体験を織り込むようにしている」ことだ。ランドン監督の父親は、日本でも大人気だったTVドラマ『大草原の小さな家』(1974~83)の父親役のマイケル・ランドンである。しかし両親はランドン監督が幼いころに離婚し、ランドン監督は母親に引き取られる。父マイケルとはのちに再会を果たすが、マイケルはランドン監督が16歳のときに亡くなってしまう。早くに逝ってしまった父への思慕は『ディスタービア』でシャイア・ラブーフが演じた主人公によって吐露される。そして、母リン・ノウも2015年にこの世を去り、悲しみが癒えないなかで加筆されたのが『ハッピー・デス・デイ』の脚本だ。ツリーの悲しみと心の傷は、ランドン監督が抱えるものそのものである。続く『2U』でランドン監督は、心の片隅に影を落とし続ける喪失感をツリーに託したのだ。「その意味で『ハッピー・デス・デイ』は非常に個人的な映画だ」とランドン監督は語る。

 ランドン監督は現在、パートナーとの間に二人の子どもを持ち、その仲睦まじい様子をたびたびInstagramに投稿している。『アナザー・デイ・イン・パラダイス』の脚本を書き上げた直後に、自身がゲイであることをカミングアウトしたのだが、そのことはキャリア形成に影響を及ぼしたという。周囲から正しく理解されず、疎外感を覚えることもあったそうだ。『ハッピー・デス・デイ』には、ゲイであることを隠すために主人公ツリーに付きまとう男子学生ティムが出てくる。ツリーに背中を押され、『2U』では男の恋人ができ幸せな大学生活を送るティムの姿には、ゲイのファンたちから共感と感謝が寄せられたという。

キャリアの総括『ザ・スイッチ』!

 『ザ・スイッチ』は、そんなランドン監督のこれまでのキャリアの総括と言ってよい作品だ。まず、『ハッピー・デス・デイ』シリーズでいったん封印したスプラッター描写を完全に復活させた。冒頭でよみがえった「ブッチャー」が典型的な男性殺人鬼として有無を言わさぬ力押しのスラッシャーでいくスタイルから一転、ミリーの若々しい肉体を乗っ取ったあとは、非力を小回りでカバーして容赦なく血しぶきを飛ばす。肉体が刺され貫かれ切り裂かれ…と直接的な表現がわんさか出てくるが、どこかおかしみがあり、血まみれは苦手という人でも比較的、心安らかに観ることができるだろう。

 キャラクター設計にも隙がない。父親不在の家庭。主人公ミリーは心身ともに「ひ弱」なのだが、ブッチャーの「強い」肉体と暴力を体感することで「本当の強さ」に気がつき、ブッチャーをいわば踏み台にして臆病な自分に打ち勝っていく。いじめられた経験のある者なら、ブッチャーの姿でいじめっ子に逆襲するミリーに小気味の良さを感じるかもしれない。ミリーの親友でゲイのジョシュは、『ハッピー・デス・デイ』のティムからさらに踏み込んだキャラクター。ゲイであることに自信を持ち、そんな息子をアイデンティティごと受けとめる母親とのやり取りは笑いを誘われる。こういう表現をさりげなく盛り込めるのは、ランドン監督ならではだと拍手喝采したくなる名場面だ。ミリーが密かに思いを寄せていたブッカーがみせる「好青年すぎる」エピソードは、ルッキズムを軽やかに足蹴にする素敵な場面。どの登場人物たちも、政治的な正しさや多様性という言葉が陳腐に感じられる堂々たる「自分らしさ」の体現であり、誰にどう思われようが何を言われようが自分は自分、そこにはいいも悪いもない、と勇気をくれる温かさに満ちている。そして、父や母への恋慕があふれた『ハッピー・デス・デイ』シリーズでは描かれなかったこと――『ザ・スイッチ』では母親の心情が描かれる。子どものことを第一に考えなければならないのに、寂しくてやりきれない――孤独な母の苦しい胸の内を、ミリーは意外な方法で知ることになる。

 ホラー映画ファンへの目配せもたっぷり盛り込まれている。オープニングクレジット、そしてブッチャーがかぶるマスクはもちろん『13日の金曜日』(2009)シリーズ。『ハロウィン』シリーズからの引用も随所に見られる。ちなみに、ランドン監督はジョン・カーペンターの大ファンだ。特にブラムハウスが製作を手がけた『ハロウィン』(2018)は観ておいて損はない。ミリーの学校生活やミリーをからかう女子学生たちの関係は、デ・パルマ監督の『キャリー』(1976)、ロドリゲス監督の『パラサイト』(1988)、ウィノナ・ライダークリスチャン・スレーターの狂気がほとばしる異色学園もの『ヘザース/ベロニカの熱い日』(1989)(本作のポスタービジュアルになっている「包丁に映る顔」のネタ元ではないかと思われる)、ネーヴ・キャンベルのデビュー作『ザ・クラフト』(1996)を思い出させるし、ミリーとブッチャーが入れ替わる場面はTVシリーズの『スーパーナチュラル』(2005-20)のエピソードを思わせる。

 最後に、音楽にも一言ふれておきたい。ジャンルにこだわらずいろいろな音楽を楽しむというランドン監督。劇中では、自分が好きな曲ではなく、たとえ好みでなくとも場面や雰囲気に合った曲を使うとのことだ。『ハッピー・デス・デイ』で印象的なDemi Lovatoの“Confident”は、ランドン監督のタイプではないらしいのだが、ツリーの「よし、これから闘うぞ!」という勢いと気概をあらわすのにぴったりだということで選ばれている。

www.youtube.com  

 『2U』では劇中とMVのシーンがシンクロする形でParamoreの“Hard Times”が使われた。

www.youtube.com

 『ザ・スイッチ』。「なるようにしかならない、でも、未来はどんなふうにだって変えていけるの」とDoris Dayが歌う“Que, Sera, Sera”に乗って登場する「ミリー」が「誰も信じるな」と$uicideboy$"Don't Trust Anyone!"で「ブッチャー」に変貌を遂げて降臨する場面の高揚。後半のクライマックス、殺戮パーティ会場では「多分、私はおかしいんだ。危険だってわかってるでしょ。あなたは私にとって死であるかもしれないのにね」とPVRISの”Death of Me”で獲物の海に殺人鬼を放つ。そして、すべてが終わって迎えるエンドロールHaiku Hands-“Suck My Cherry”の爽快!考え抜かれたランドン監督の選曲センスもぜひぜひ耳で楽しみたいポイント。

www.youtube.com

 ホラー、スラッシャー映画では派手に殺されることだけを求められる犠牲者だった「女性」が反撃と復讐のヒーロー「ファイナル・ガール」に転じるようになった昨今のホラー映画、『ザ・スイッチ』ではさらにその進化形が見られる。同じ日をくり返すなかで自分を見つめたのがツリーなら、ミリーは別の肉体というフィルターを通じて周囲との関係を客観視するひねりの利いた成長物語を見せてくれる。実は同じユニバースに存在している『ハッピー・デス・デイ』と本作は将来的にコラボレーションする可能性がある。『フリーキー・デス・デイ』といったタイトルがランドン監督の口から飛び出しているようだ。同シリーズでランドン監督を知った「非ホラー映画ファン」にも、『ザ・スイッチ』はぜひにとお薦めしたい。(おしまい)