カワウソの独り言

偏愛する映画と本について書いています。

『女神の継承』『哭悲/THE SADNESS』

『女神の継承』(The Medium, 2021)

「理解できないものは怖い」

心霊番組を模したモキュメンタリー形式の作品。前半でほぼ主役的存在の巫女ニム(これを邦画でやると『来る』の柴田理恵になるのだろう)、アンガールズの山根を思わせるニム姉ノイの夫など、近所のおばさん・おじさん風の等身大キャラクターかつ、皆やたらと声を張り上げたりしないので現実味があり、ドキュメンタリーを観ているのに近い感覚に陥る。後半のキーキャラクター、ニムの姪ミンは、そうした日常的キャラクターたちと馴染みが今ひとつなほどずば抜けて美しいのだが、その美しい姿形が歪んでいく過程の凄みはまた、恐怖を感させる部分だった。神は崇め奉れば助けてくれるまでいかなくとも、少なくとも好意的には接してくれる存在という信心は、いささか過度な願望であり、都合のいい幻想にすぎないことを思い知らされる。何をどうするのが正解なのかが明確に示されず、知る手掛かりもなく、原初的でありながら人智を超えた存在へのそこはかとない畏怖がいつまでも付き纏う。[2022.10.09/新文芸坐オールナイト「人力!呪術!ウィルス! 人が死に過ぎるホラーナイト」]

 

『哭悲/THE SADNESS』(The Sadness, 2021)

「尊厳を踏みにじられる嫌悪感」

人が過剰な肉体損壊を伴う方法で苦しめられ、殺されるさまを描く、いわゆるトーチャーポルノ的要素が強い。死姦や性器の損壊、また本来されるべきでない部位への性器挿入など、辱められ、貶められ、尊厳を踏みにじられることへの嫌悪感が恐怖の正体だと思う。ウイルスに感染した人間の目は白目がなくなり、真っ黒になる(『Xファイル』S3ep15「海底」で人を侵すエイリアンのウイルス“ブラックオイル”を思わせる)。この、日常まず見ない異様な風貌が恐怖を呼ぶが、言い換えれば、「そんなものだ」と思ってしまえば怖さも感じなくなるかもしれない。例えば同じ黒目キャラの『マンダロリアン』ベビーヨーダが可愛いと思えるのは、造形によるところも大きいが、彼は明らかに異星人であって、どんな風貌をしていてもそれはそれとして受け入れる準備ができているからだろう。恋愛要素を盛り込んでしまうところに、ひと昔前のフジテレビのドラマっぽさを感じる。登場人物たちがオーバーアクション気味なのも、逆に「つくりもの」感が強まって怖さが薄まる部分であった。ゾンビものの常で「感染源を断ってしまえばなんとかなる」という、ある意味の安心感があり、後味はさほど悪くはなかった。[2022.10.09/新文芸坐オールナイト「人力!呪術!ウィルス! 人が死に過ぎるホラーナイト」]

袴田くるみ監督作品が観たい!

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私が袴田くるみという監督を知ったのは、第5回日本セルビア映画祭(2019)だった。上映された16作品のうちの1本が袴田監督の『陳腐な男』だったのだ。初見はもう、不意打ちを食らった、というのに等しく、揺さぶられた感情に着地点を見出したくて、すぐにでも再見したくなったのを覚えている。きのう、なぜか当時つぶやいた感想めいたものがTwitterのお知らせに上がってきていた。その時に添付したポスタービジュアル(上記)を目にしたら、今この瞬間に観たくなった。きっと前日に『ガンパウダー・ミルクシェイク』を観たからかもしれない(テーマは共通するものがある)。今どきは配信があるのでは、と検索してみたら、あった。U-NEXTで観られる。監督はYouTubeのチャンネルを持っておられ、実はそこでも普通に観ることができる。動画の一覧には私の知らない作品もあった。

 

袴田監督の作品に頻繁にあらわれるのは、何不自由のない生活を送る人間、その生活を支えるために使役され、消費されるロボット/クローンという構図だ。この人工物たちは完璧に人間の姿をしているが、人に準ずる存在にとどめられ、決して人として扱われることはない。意志も感情もない「モノ」と見做され、抗うすべもなく(アシモフロボット三原則が生きているのだろう)、肉体的、精神的に残酷な仕打ちを受ける。能力がありながら特権的立場にいる者から搾取され、不当な立場に追いやられるその姿は、今の世のなかを凝縮しているようだ。一連の作品では、そうしたディストピア的世界に抗う、主に声を奪われた女性たちの姿が描かれる。

■『A Banal Man / 陳腐な男』

もう一つのモチーフに「子ども」の存在がある。『A Banal Man / 陳腐な男』の主人公は、不妊で子どもが産めないことに罪悪感を覚えている。裏を返せば、そこには女性に出産の圧をかけ続ける社会が存在しているということだ。彼女は子どもの代わりにロボットを設計した。優しく有能で純粋な「光る目」の子どもたち。青い目をしたロボットたちは貴重な労働力として社会に温かく迎え入れられ、彼女は「母親」の役割を果たせたことに安堵する。しかし人間は、ロボットたちの能力の高さに嫉妬し、脅威を覚え、ロボットたちを「害悪」として葬り去っていく。子どもを殺された彼女は復讐を決意し、ロボット根絶計画の中枢にいるとおぼしき男のもとへ銃を携えて向かう。

続きは観てほしいのだけれども、結局、彼女が「諸悪の根源」だと憎んだ男は、自分で考えることを放棄し、判断を下す責任から逃れ、言うがままに動くロボットに等しい存在だった。危険を伴う自由を手放し、従属という安寧を得たのだ。彼女の作ったロボットこそ、本来は意志も感情もないはずなのに、喜怒哀楽の表情を掛け値無しにみせ、まるで本物の人間のようだ。ロボット(道具)化した人間が、みずからの手で人間性を葬り去っていく皮肉な世界。では、道具として使っているのは誰か。その正体は誰にも分からない。

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映画祭の舞台挨拶で、袴田監督は次回作について、「性暴力の被害者である女性がなぜ責められるのか」がテーマだと述べられていた。たぶん、この作品がそうなのではないかと思う。

■『Jodie』

『Jodie』の主人公は二人。一人は、かつて産婦人科医だったが、今は破壊されたロボットを直して持ち主に送り返すことをなりわいにする「エンジニア」の女性。もう一人は、そのエンジニアのもとに何度も運び込まれている一体の少女型ロボットだ。エンジニアに届くロボットたちは、どれも酷く損壊している。持ち主が要らぬ暴力を振るった証だ。しかしエンジニアは罪悪感や憐れみをみせない。自分は、人間のためにロボットが尽くして成り立つ社会の一員であり、その歯車のひとつに過ぎないと諦めている。少女型ロボットは来るたびに記憶を消される。エンジニアにしてみれば、それがせめてもの罪滅ぼしというわけだ。「本当に逆らえないの?」と問う少女型ロボットに、エンジニアは吐き捨てる。「あんたには何の権利もない、何をされようと知ったことじゃない」、「逃げられないなら、忘れたほうがマシ」。酷い台詞であることに間違いはないのだが、その言葉はだんだんエンジニア自身の置かれた立場と重なって、彼女の心境は変化を遂げていく。『陳腐な男』とは真逆に、従属することイコール、特権の側に与して搾取することだと自覚したエンジニアは、見ぬ振りをしていた理不尽に向き合うことを選ぶ。

この後、交わされる二人のやり取りから結末に至る展開は、十把一絡げに扱われていた個が個としての顔を持って立ち現れる、美しく力強いシスターフッドの物語だ。暴力や虐待の経験は「健全」な社会にとって不都合で好ましくない――そんな誰かの望む「正常化」のために語る声を奪われる存在はあってはならないし、その「誰か」に自分がなっていないかを自問したくなる作品でもある。

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■『Time Machine』(予告編のみ)

あるいは、性暴力について描いた作品はこちらかもしれない。予告編のみ観られる『Time Machine』は、「おまえの兄にレイプされた」と打ち明けた友人を否定し、拒絶した結果、彼を失ってしまったことに後悔する男が、過去に戻って彼を救おうとする話の模様。レイプそのものを描いたシーンはみえないものの、冒頭で「性暴力の描写があります。ご鑑賞の際はご無理のないよう、十分ご注意ください」とアナウンスが流れたのをみて、この監督への信頼がさらに強まった。本編、ものすごく観たいです!

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■『CASARES なぎさのカサーレス

もう一本、初期に作られた『CASARES なぎさのカサーレス』も、汚染と破壊で人間が地上を捨て地下で暮らすようになった近未来の物語だ。主人公の女性はクローンを夫にもち、子どもは望めない。ここでその事を気にするのは夫のほうだ。その夫が毎晩のように寝言でつぶやく「カサーレス」という言葉が気になって、彼女は夫を作ったと思われる博士に会いに、地上へ向かう。そこで待ち受けていたのは、夫の元である人間にまつわる悲劇と、悲しい友情の行く末。今や全てを知った彼女の決意と、そこから生じる力強さと温かさに包まれるラストは、ほのかな希望を感じさせ、パステルの美しい色合いにいつまでも見入っていたくなる。シンプルな描写で表された未来ギミックが抜群に格好いい。

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■the Little Spider(ゆめちゃん)

在学中の作品と思われる人形アニメ。英語のナレーションボードが入り、字幕はない。16分表示だが、実際は6分強。『ヒルコ/妖怪ハンター』を彷彿とさせるクリーチャーが出てくる。話を聞かない男(少年)と、聞いてもらえない女(少女)。その怒りが少女の悪夢となって現れる。

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■『虹色の花畑 (The Rainbow Flower Garden)』

この作品のみ、日本語でナレーションボードが入る人形アニメで、袴田監督の卒業制作ではないかと思う。作家性が確立しているというか、袴田監督の世界に対する距離感や身体性の捉え方が色濃く出ているように感じた。おそらくこの後から制作されるアニメーション作品で天性の感性を爆発させたのではないかと思う。

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袴田監督作品の魅力について、私が感じるのは、まず、すべての台詞が英語で(日本語字幕がついている)、主人公のモノローグ形式で進むところ。情景を語りながら説明的になりすぎず、感情に溺れもせず、強烈な物語を淡々と描き出す。対象の主観を常に主軸に据える一方で、客観性を失わないバランス感覚に魅了される。台詞は選ばれ、研ぎ澄まされ、精鋭の言葉たちに綴られる物語は、その裏側に揺るぎない世界観と緻密な設定を感じさせる。10分ほどの長さに絶望も希望も余すところなく詰め込む語りの強さ。そして、何よりも絵。繊細で美しい線と色合いは言うまでもなく、とにかく構図が格好いい。『ブレードランナー』をはじめとするSF映画の影響を多分に感じさせつつ、ほどけて流れ、溶け合う線描が紡ぎ出す世界は、唯一無二だ。

私がボーッとしているあいだに、袴田監督はクラファンで作品を完成されていた。

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『アイアンプレッジ』、どこかで観られますように!というか、どこぞの映画館なりで袴田くるみ監督特集をやってくれないだろうか、と熱望するほど惚れ込んでいる。駄目だ…超好きすぎる。監督はSNSのアカウントを持っておられないようで、エアリプのように好きを叫ぶしか伝える手段がないのが歯がゆい。ここまでお読みくださった方の一人でも多くが監督の作品に興味を持ってくださったら、私の夢も叶うのではないかと期待をしている。YouTubeのチャンネル登録をして、作品を観よう!

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今週あらため先月買った映画パンフレット#06

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2022.02.01~02.28に買った映画パンフレット

更新をサボってしまいました!ひと月分まとめてドーン。

■355 (2/4公開)

A4変形/タテ/カラー/32頁

発行日:2022年2月4日

発行所:東宝株式会社映像事業部

編集:株式会社東宝ステラ

デザイン:大寿美トモエ

印刷:日商印刷株式会社

定価:880円(税込)

各国のエージェントが敵対関係を乗り越えてタッグを組み、世界を救う物語。キャラクター紹介の背景には国旗、表紙を含め中身の場面写真はすべて険しい表情が並ぶ。スパイものではサポート役か、ワンナイト・アフェア要員的に登場するだけだった女性が、女性という属性に縛られず、一エージェントとして活躍するアクション映画であることが伝わってくる。国籍も人種も違う国際色豊かなキャラクターに合わせ、色にも意味をもたせた衣装、衣装が映えるアクションを求めるカメラワークへのこだわりなど男性メインのスパイものとは一線を画す女性が主役のアクションに視点を置いた解説。コラム3本は全て女性ライターさん。

■ゴーストバスターズアフターライフ (2/4公開)

正方形(25cm×25cm)/カラー/28頁

発行日:2022年2月4日

発行所:東宝株式会社映像事業部

編集:株式会社東宝ステラ

デザイン:ダイアローグ

印刷:成旺印刷株式会社

定価:880円(税込)

読ませ系パンフ。84/89年版の続編であることにちなみ「継承」に視点を置いた内容。前作は観客として観たという出演陣のコメントはファン心をくすぐる。先日逝去した前作の監督アイヴァン・ライトマンと息子である本作監ジェイソン・ライトマンのインタビューは、異なる映画人生を歩んできた二人がこの作品を通じてつながったことを感じさせ、涙を誘う。なかったことにされかけている2016年版も“正史”の一部として扱われていることに安堵。

ウエスト・サイド・ストーリー (2/11公開)

A4/タテ/カラー/130頁

発行日:2022年2月11日

発行所:東宝株式会社映像事業部

編集:株式会社東宝ステラ

デザイン:平塚寿江(東宝ステラ)

印刷:成旺印刷株式会社

定価:2,970円(税込)

発売と同時にどよめきの起きた“パンフレット”。本国でハードカバーのメイキングブックとして販売されている“本”を翻訳刊行したもののようだ。縦版を横版にし、2頁を1頁に収めてコンパクトにしているとはいえ、本国版がUS$ 40.00(日本円で約5,000円)なのに対して、翻訳という作業を経ても3,000円を切るというのは破格の値段ではあるが、パンフレットとは何か?と改めて意義を考えてみたくなる一冊。豊富な場面写真に加え絵コンテ、ミュージカルナンバーの詳解、キャスト&スタッフによるオーディオコメンタリー並みの解説と読み応えは圧倒的で、本作ファンなら持っていて損はない。

イル殺人事件 (2/25公開)

B5変形/タテ/カラー/44頁

発行日:2022年2月25日

発行・編集:株式会社ムービー・ウォーカー

編集人:佐藤英樹

デザイン:佐藤裕紀子

印刷:成旺印刷株式会社

定価880円(税込)

洋書を思わせる意匠性の高い金箔押しの豪華な表紙。表紙から邦題を廃し、原題だけを表示するのは最近の流行りか。ナイル側を下る豪華客船のなかで起こる事件を描く本作、場所は重要な要素ではないとはいえ、分かったほうが気分も盛り上がる。開くとまず地図、航路が乗っているのがうれしい。複雑な人物相関図の基本情報に始まり、監督・製作・主演を務めるケネス・ブラナーへのインタビュー、クリスティが描いた旅ミステリの紹介、歴代ポアロ比較など、原作刊行から80年以上たった今も唯一無二の世界を紡ぐ作品として愛される所以が深まる構成。

人物相関図といえば1978年公開版のポスター(下記はチラシ)のぐるりと並ぶ登場人物の顔のひとつをサインペンでぐるりと囲んで「犯人はコイツ」と書き込んだ不届きな輩がいた。劇場を通るたび「これは嘘、真犯人はこの人」「と見せかけて犯人は」「実は!」と○印が次々増えていたのは痛快だった(グッドジョブ!)。

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以下、未見作品(追って観ます)。

大怪獣のあとしまつ (2/4公開)

A4/タテ/カラー/52頁

発行日:2022年2月4日

発行:松竹株式会社事業推進部

編集:石川天翔[松竹]

デザイン:中川一史(Viemo)

印刷:三映印刷株式会社

定価1,000円(税込)

公開当日から物議を醸した映画本編とは違って、誰がみても「正統派!」と太鼓判の押せるパンフレット。体系立った人物紹介、悪ふざけではない、遊び心あふれるデザインで怪獣の造型も細部まで徹底解説。怪獣の皮膚の質感を出すための試行錯誤のくだり、コンセプトに基づいた美術設計など、ひとつの映像の裏にはこんな工夫と思いが、というのが伝わってくる丁寧さは好感度しかない。パンフレットを読んでますます本編が観てみたくなった。

ドリームプラン (2/4公開)

A4/タテ/カラー/32頁

発行日:2022年2月23日

発行:松竹株式会社事業推進部

編集:宮部さくや(松竹)

デザイン:五十嵐貴子(GIOSUÈ)

印刷:日商印刷株式会社

定価880円(税込)

こちらも表紙には原題(KING RICHARD)のみを載せるスタイル。実在のスポーツ選手を扱った映画は、そのスポーツにさほど興味のない人を引き込めるか?が肝心だと思う。テニスはわりと人口の多いスポーツだが、主役たるウィリアムズ姉妹への関心と興味をかき立てるバイオグラフィや、劇中に登場する二人を取り巻く実在の人物紹介は良いフック。ビーナス&セリーナの両姉妹と対戦したことのある伊達公子さんのインタビューにより二人の人物像はもとより当時の空気感も伝わってきて映画の世界観が深まる。

シラノ (2/25公開)

B5/ヨコ/カラー/32頁

発行日:2022年2月23日

発行:東宝東和株式会社

編集:株式会社東宝ステラ

デザイン:堀田弘明

印刷:株式会社久栄社

定価880円(税込)

光沢感あるシアーな表紙に中身はシックな色合いで高級感のあるつくり。表紙が無地だからこそ、開いたときに目に飛び込んでくるシラノ役ピーター・ディンクレイジの姿のインパクト。元は舞台版だったものをキャストはそのままに映画化したものだとのことだが、幕の開く感があって良い。使用写真は少ないものの、どれもハッとするほど美しい。フランス文学者による原作戯曲の解説は、主人公の造型や設定に違いはあれども、そして150年以上の時を経ようとも今も変わらない真理があることを教えてくれる。音楽について、またキャストと監督がいかにして本作をつくりあげていったかが分かるコラム、インタビューなど、これも読ませ系パンフ。

書店主になりました(「一棚店主」)

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棚の借り主が自由に本を販売できる新しい形態の書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」が本の街・神保町に誕生する。オープンは3月1日。コロナの現状を鑑みて、当面は完全予約制になる模様。

passage.allreviews.jp

「申し込みフォーム」から現在の入居状況が確認できる。棚主は現在も募集中だ。

 

400近い棚には作家、書評家の方々など錚々たる顔ぶれの棚主が並ぶ。蔵出し、とっておき、珍しい蔵書の数々が壁を埋め尽くす圧巻の空間。「映画パンフは宇宙だ!」でもひと棚借り、土曜日にとりあえずの納品と商品登録を済ませてきた。

 

オーナーのフランス文学者・鹿島茂先生のご発案で、31列ある棚にはそれぞれパリに実在する通りの名前がついている。棚の段には番地。うちは「テオフィル・ゴーティエ通り6番地」だ。運営の方曰く「ゆるい感じの大家なので」棚の使い方はかなり自由度が高い。派手に傷をつけたりしない限りは「何でもあり」ということで、すでに入居の終わっている棚のなかには、人形や小物を置いたり、のぼりを立てたりとユニークなディスプレイもあって、見ているだけで楽しくなってくる。うちもこれから魅力的な棚になるように磨いていくつもり。

 

ちなみにテオフィル・ゴーティエさんは19世紀フランスの詩人で小説家、劇作家らしい。今回の間借りにあたって初めて知った仏文学の知識の薄さを反省し、一冊でも読んでおこうと思う。お薦めがありましたらぜひ。

ja.wikipedia.org

PASSAGEには学生さんが積極的にかかわってくださっている。この場を起点に「神保町に関わるヒトが、本を介して新たな出会いや発見を得られるきっかけをつくりたい」と、現在クラウドファンディングを実施中。28日23時の締切を前にして目標を達成されたとのことだが、企画力も行動力も抜群の彼ら、きっと興味深く刺激的なイベントをつくりあげていってくれるはず(すでに決まっているものだけでもかなり面白そう)。支援者は15回、講演会を無料でオンライン視聴できる。オリジナルのトートバッグや、この場をイベント利用できる特典のついたコースもあり、ご興味のある方はぜひご支援を!

readyfor.jp

この書店を運営するALL REVIEWSの支援団体であるALL REVIEWS友の会に参加している関係で、何度か開店準備にお邪魔した。設置お任せの棚主さんたちから届いた本の登録と棚への陳列が主な作業。そのなかで複数冊をまとめて1つにする必要があり、OPP袋を切り貼りして包んでいたところ、学生さんが横に来てじっと見つめている。包み終わると、「どうやって包むんですか」とご質問くださった。この手の作業は重要度の低い「雑用」とみなされがちで(書店さんのお仕事を軽んじるつもりはありません)、私のごく短い勤め人時代は「女の仕事」だった。できることは誰彼分け隔てなくやる。クラファンがご成功したのも、ひとつのプロジェクトに向けて、この誰もが等しく力を出し合って協力するマインドの賜物だと実感した。若い方々の柔軟な発想と熱意にも支えられるPASSAGEの門出をぜひ一緒にお祝いください。

 クラウドファンディングの締切は28日23時です!

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』感想(ネタバレなし)

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久しぶりにPATUREVIEWに投稿しました。

pamphlet-uchuda.com

1月14日から公開の『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』。本作については日本版ポスタービジュアルでの皺消しが物議を醸しましたが、たしかに中年の要素を抜いてしまうのは物語の大事な部分を取りこぼしてしまう本末転倒もいいところ。恋愛は若いひとたちだけのものではあるまいし。そしてまた、独りでは生きていけないのが人間の本質であるのなら、隣にいるのは無機有機は勿論、性別だって問われなくていいと思う。極甘のラブストーリーを期待すると裏切られるかもしれない、社会派作品。鹿に囲まれるダン・スティーヴンスに見惚れました。

pamphlet-uchuda.com

 

週刊ALL REVIEWS Vol.139で紹介した本(既読)『瘡瘢旅行』

 1週間分の新着書評をまとめてメールで届けるALL REVIEWS友の会運営のメルマガ「週刊ALL REVIEWS」。編集長含む5人の担当者が週替わりで一冊を選び、その本と絡めた巻頭言を書いている。ことし最初の当番だった今号でどの本を紹介しようかと考えている最中に、西村賢太さんの訃報が飛び込んできた。熱心な読者とはいえない自分が西村さんを取り上げていいものだろうかと躊躇いもあったが、西村さんはある時から自分にとって特別な位置づけになった作家だった。だから書いてもいいだろうと判断して初めて読んだ『瘡瘢旅行』を選んだ。おりしも江國香織さんが書評をなさっているから、本書の魅力については是非、江國さんの評、また西村さんのご著書数冊にふれた楠木建さんの「読書日記」を読んでほしい。私は勝手な思いの丈をぶちまけたにすぎないので。

西村賢太さんのご逝去に寄せて

週刊ALL REVIEWS Vol.139 (2022/1/31から2022/2/6)

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 作家の西村賢太さんが亡くなった。まだ五十四歳、突然の訃報に接しネットで飛び交う驚きの声を今もなお、私は現実味を伴わないものとして眺めている。西村さんを知ったのは割合に最近のことだ。『苦役列車』で芥川賞を受賞したときの型破りな会見をみて興味をそそられ、読んでみようと思ったのだった。しかし賞を獲ったからといって、その作品にいきなり飛びつくのはいかがなものだろう――小さな見栄を張り、おぞましきタイトルに惹かれて手にした初西村賢太が、今週、江國香織さんが書評なさっている『瘡瘢旅行』だ。

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 読み始めた後から、彼が私小説の書き手であること、この本も「貫多もの」と呼ばれる作品群のひとつであることを知った。
 メルマガを購読してくださっている方にくどくどと説明するのは釈迦に説法で気後れするが、一連の作品は西村さん自身を投映した「貫多」と呼ばれる主人公の生活を赤裸々に描いている。貫多は、日雇いで得た金をあっという間に酒と風俗につぎ込んでしまう。同棲にこぎ着けた女を働かせ、金をせびり、気に入らないと酔いにまかせて殴る最低の男だが、小説を読むのを唯一の趣味とするといったところに、西村さんのプライドがみえるようだと思った。彼の吐く罵詈雑言、容赦のない暴力はたしかに胸が悪くなるのだが、西村さんの文章には気格があり、下品だと思ったことはなかった。
 ところで、私は邦画があまり好きではない。登場人物たちの殊更に声を張った話し方や、感情をあらわにする仕草が現実とはかけ離れ過ぎていて冷めてしまうからだ。もちろんそんな作品ばかりではないけれども。『瘡瘢旅行』で貫多が投げつける言葉や行動の多くも、私のすむ日常とは別次元での出来事のようで違和感はあった。私小説とはいえ「小説」であるという脚色を差っ引いても、悪趣味がすぎるのではないか。そんな読み手の心を弄ぶかのような、覗き見の好奇心をそそる描写に引き込まれて、ムカつきながらも読んでしまう。西村さんの小説を読むのは、自分のなかの露悪的なものとの闘いでもあった。だからといって、感情をいたずらに刺激されるばかりではないところに西村作品の良さがあると思う。私は西村さんの小説に、どれほど酷い描写であっても、いつも幾ばくかのロマンチシズムを感じていた。
 誤解を恐れずに、というか、ここから先は私の独りよがりの解釈ということでお許しいただきたいのだが、西村さんはポップシンガーの稲垣潤一さんの大ファンだったという。私も長年のファン。稲垣さんの甘くせつない歌声がはこぶ物語の多くは、強がりの男が自分をさらけ出せずに失った愛への未練を口にする。しかし決して振り返らない。ズタズタに傷つきながら前を向くしかない哀切がある。これはまるで貫多のようではないか、というのは言い過ぎだろうか。西村賢太稲垣潤一という一見意外な組み合わせも、男という生き物の駄目な部分を裏と表から描いているのだと思えば、得心もいく。
 書きたいことも、やり残したこともまだまだおありになられただろう。私たちにできるのは、遺された作品を読み継いでいくことだけだ。ALL REVIEWSのサイトには西村さんの作品についての書評が他にもたくさんある。その中から今日はもう一つ、楠木建さんの「読書日記」を紹介したい。

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フィクション至上主義の楠木さんを魅了した小説、となれば、それだけで食指を動かされるのではないだろうか。(朋)

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 上でも書いたように、あまりに突然のことすぎて、亡くなったといわれてもピンとこないでいる。だから、本来なら、ご冥福をお祈りします、とか、安らかにお眠りください、など哀悼の意を添えるべきなのだろうけれども、まだできそうにない。未読の西村作品をすべて読み終え、もうこの先、新しい作品を手にすることはないのだと実感したときにはじめて、寂しさと悔しさをおぼえるのかもしれない。それでも読み継ぐかぎり、西村賢太の名は残る。ひとりでも多くの方が一冊でも手にとってみてくれることを願ってやまない。

 

西村賢太さんと稲垣潤一さんの対談記事。
いつか読めなくなるかもしれないので、お早めに。

gendai.ismedia.jp

西村賢太さんが東大の本郷キャンパスで行った講義「人生に、文学を」の動画。
読むまえに、先に観てもいいかもしれない。面白いです。

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後に映像化された『苦役列車』、現在は幾つかの配信サービスで視聴できます。
個人的には空気階段のもぐらさんが演じる貫多がみてみたい。

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意外な本との出会いがあるかも。

今週買った映画パンフレット#05

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1/24~1/30に買った映画パンフレット

ライダーズ・オブ・ジャスティス (1/21公開)

新宿武蔵野館他で公開中(2022/01/31現在)

A5/横/カラー/32頁

発行日:2022年1月21日

発行・編集:クロックワークス

デザイン:ドラゴンフライ

定価:880円(税込)

  • アナス・トマス・イェンセン監督&マッツ・ミケルセンインタビュー
  • 監督はプロフ紹介でステートメントも掲載
  • デンマークのお国事情、文化を解説するKEYWORD
  • 馴染みの薄い地名を地図で解説するLOCATION
  • コラムは2本、①21世紀の北欧バイカーギャング(julyoneoneさん:ブロガー、海外ギャグについて執筆)②『ライダーズ・オブ・ジャスティス』の解説(北川清一郎さん:臨床心理士)は劇中に登場するセラピーや、本心をみせない主人公マークスの心の状態について
  • 最後のページに劇中である登場人物が語る「昔話」が。最中は笑いを誘われるが、鑑賞後に改めて読むと答えのない問いへのひとつの解のように感じられる

バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ (1/28公開)

シネコンほかで上映中(2022/01/31現在)

A4/縦/カラー/32頁

発行日:2022年1月28日

発行所:東宝株式会社映像事業部

編集:東宝ステラ

デザイン:D.D. WAVE Japan Inc

印刷所:日商印刷株式会社

定価:880円(税込)

  • 薄いピンク色がかったメタリック調の装幀(裏表紙はプレート風)
  • 新生『バイオハザード』ということでキャストを見開きでしっかり紹介
  • ヨハネス・ロバーツ監督インタビュー(ゲームの原点である“ホラー”へのこだわり)
  • ゲームのシリーズ解説(キャラクターやクリーチャーなど)が先!
  • カプコンバイオハザード』シリーズプロデューサー小林裕幸氏インタビュー(バイオとホラーを主眼にリブートを企画)※構成は稲垣貴俊さん
  • 映画シリーズ作品の振り返り
  • コラムは1本。「ようこそラクーンシティへ ゲームから映画で変わったあれやこれや」(畑史進さん:ゲームコラムニスト)
  • プロダクションノートが充実!新生バイオハザードの始まり、キャラクターを重視した配役、舞台設計や“イースターエッグ”について(基本ネタバレなしなので鑑賞前に読んで🆗)

フレンチ・ディスパッチ (1/28公開)

シネコンほかで上映中(2022/01/31現在)

B5/縦/カラー&モノクロ/32頁

発行日:2022年1月28日

発行・編集:株式会社ムービーウォーカープラットフォーム事業部デジタル・コミュニケーション部MWP編集課

編集:下田桃子、杉原苑子

デザイン:塚原敬史、岩間良平(trimdesign)

定価:764円(税別)

  • FOXサーチライト・マガジン改めサーチライト・ピクチャーズissueとして、番号は通番のVol.20
  • ポスタービジュアルを用いた表紙には「200旧フラン」、「シリーズ149作目、ナンバー12」の文字も
  • 写真の配置が美しいINTRODUCTION、STORY
  • オーウェン・ウィルソンティモシー・シャラメへのインタビュー
  • キャラクター紹介はオムニバス形式の話のどれに出てくるかが分かるイラストマーク付
  • コラムは1本。「「ニューヨーカー」への憧れが循環し、反射してプリズムみたいに輝いている」(山崎まどかさん:コラムニスト)
  • 劇中登場人物のモデルになった著名人(「ニューヨーカー」への憧憬がみえる)
  • 後半モノクロ頁はウェス・アンダーソン監督に焦点を当てる(常連俳優、スタッフ、フィルモグラフィ。『犬ヶ島』制作に関わった野村訓市氏との対談、単独インタビュー)
  • 巻末でサーチライト・ピクチャーズのスタジオ紹介、ピックアップ俳優としてウィレム・デフォー。見開きで近日公開予定のサーチライト作品を紹介(同時代作品を後から振り返るのに便利)